うさぎの王様4


16 ヒグチんとこ


夕方、ヒグチのところへ行って
しばらく刀を見ていたら
気持ち悪くなってしまい、
6畳間で休んだ。

おかげで陽介の顔はみなくて済んだ。

帰って来ない親父は
多分おめかけさんのところに
普段いるんだろうな、と、
思う。


俺がおかしくなったのは
親父に私怨のあった奴らに
誘拐されて以来だ。

身代金目的ではなかったので、
生還は絶望視されていたらしい。

俺は、当時のことを
思い出せない。
あまりに恐ろしくて
忘れてしまったようだ。

助け出されたとき
俺は…とにかくひどいケガで
あちこちに火傷の跡があった。

(思い出すと動揺するので、
俺はケガの内容が今でも
うまく語れない。)

お袋も半狂乱だった。
実はお袋も
未だに落ち着く薬を飲んでいる。

親父の有能で野蛮な秘書どもが
犯人を見つけて始末しようとしたが
警察が割って入って
連中は命拾いした。

俺の体中に、
今もその傷痕は残ったまま消えない。

俺は風呂に入るとき、
電気を消してキャンドルの灯りで入る。
傷跡をはっきり見ると、
パニックになるからだ。


しばらく横になっていると、
ヒグチがきた。

「浩一、今日はよく来た。
来ただけでよしとしよう。

安西に言ったので、
一緒に帰りなさい。」

「…ヒグチ先生、
…俺、続ける意味あんのかな。」

俺が尋ねると
ヒグチは俺の額に
温かい大きな手を当てた。

…涙が出た。




17 ヒグッチのたまわく


「続けることには意味がある。
その意味がわかるまで、
続けなさい。」

「…先生、
でも俺怖いよ、
日本刀…」

「…今日は考えなくていい。」

「…俺、あのとき
死ねば良かったのにと思う。

そうしたら
お袋だって…

しばらくは悲しんだかもしれないけど、
じきに俺のこと忘れて、
元気になれたかもしれない…

親父と二人目の子供作って…
そしたら親父も出て行かないで
うちにいたかも…
お袋かわいそうだよ…

俺、生きてるの苦しいよ…
怖いよ…つらいよ…
俺がこんなふうに生きてるからいけないんだ…」

「…浩一、そんなことはない。
お前は生きて帰っただけで
どれほど周囲を喜ばせたと思うんだ。

お前は
どんな形でも、
生きてるだけでいいんだよ。

だから
下手でも不器用でもいいから
生きなさい。

…お前の親父の不在は単なる遊び癖だ。
気にするな。
週替わりで別の女だ。
陽介のところになぞおらんぞ。

お前の母親の苦悩までお前が背負う必要はない。
母親の幸福は母親に任せなさい。
彼女の義務なのだから。」


ヒグチは俺を
毛布で包んだ。
俺はなんだかわからないが、
とにかくむやみにほっとした。

少しして安西キリウがやってきて、
半年しか乗ってないとかいう高い車で
俺を連れ帰った。




18 まあ、ある意味別荘だな。


医者と相談して、
受講登録が全部済んだところで、
俺は一週間ばかり入院することになった。
しょっちゅう入院してるから
別にどうってこともない。

幼なじみが決死の覚悟で
俺にはり付いてないと
俺のうちの誰かが何やらかすかわからん、
しかもときどき電池がきれたように動けない、
たまに記憶が途切れる、
ヤバい、と言ったら、
いつも適当に薬しか出さない
馴染みの医者は
珍しく話を聞いてくれた。

ヒグッチのことも話すと、
いろいろ考えたあげく、
少しお母さんから離れてみたら、
という提案があった。

でも一人暮らししたら俺餓死かも、
と言ったら、

じゃあ、少しお母さんも
休ませてあげたいし、
一週間くらい
また病院に泊る?
と言われた。

…俺は親父が金持なので
VIPルーム滞在する。
病院にとっては部屋があいてるときは
いい金づるともいえる。
…政治家の駆け込み寺は
あいてない日も多いんだが。

安西キリウに会えないのは
寂しいが、
ヤツはここんとこかなりお疲れ気味だ。
ヤツこそたまに解放してやらないと、
もたない。

俺は入院を決めた。

「俺のうちの誰かって、
今は誰なの。」

馴染みの医者にぽけーっと聞かれた。

「…うーん、
俺は俺なんだけど。
幼なじみに聞けばわかるかもしれない。」


「…仲良いの?
その幼なじみは。」


医者は言った。


「うん、どっちかが女だったら
嫁にいくはずだった。」


「…そっか。
男で残念だった?」


「いや、あいつ
すぐ浮気するから、
友達のほうがいい。」


俺がそう言うと、医者は
そー、と言った。

俺はこのトボケた医者がけっこう好きだ。
顔はかっぱに似ているので
心の中でかっぱ先生と呼んでいる。




19 VIPルームで手巻き寿司


「えーっ、
入院しちゃうの、浩一。
せっかく良くなったのに?!」

安西キリウにびっくりされた。

「…よくなってねーだろ。
つーか、お袋が限界だから、
少し休ませてやんねーと。」

「だったら
うちに泊りにくれば
いいじゃないか。
海外とか
温泉行ったっていいし。

久鹿の別荘だって、
お手伝いさんつきの
いいのが海辺にあるのに…。

病院は医療機関だよ。
別荘代わりに使うのは
良くない。」

「…少し離れてやっから、
お前も休めよ。
俺の面倒ずっとみてたら疲れるだろ。」

「…遠慮するなよ、今更。」

「…てーか、
俺って良くなってるの?
なんでわかる?」

「…僕の名前いってみ。」

「…安西キリウ。」

「…フルネームが
でてくるときは
バラけてないとき。」

「意味がわからん。」

「とにかく
よくなってるんだよ。」

「…まあいいや。
ちょっと泊ってくっからよ、
課題でたらメールして。」

「…見舞いにいくよ。
浩一がいないと
僕は手持ち無沙汰だから。
…陽介弄りたくなる。」

「…お前もぼちぼち変態だね。」

「まあね。
君らと付き合い長いから。」

安西は幾分残念そうに、
じゃあ、君の好きな
百合根の入った茶碗蒸しと
手巻きずしセット持って
お見舞いいくよ、
と言った。

病室で俺と二人、
手巻きずしパーティーをやりたいらしい。
物好きなヤツだ。




20 花咲く庭


週明けから入院し始めた。

窓からは
何か庭の樹に
華が咲いて
風に揺れているのが見えた。

俺は本を読んだり
花を見てぼーっと茶をのんだり
静かな音楽を聞いてうとうとしたり
好き勝手やってのんびり過ごした。

…落ち着いてすごせた。
記憶が途切れることもなかった。

3日目に安西キリウが遊びにきた。
二人で広い病室で手巻きずしをやった。

「いい部屋だよねーっ。
ホテルみたい。」

「いいだろ。
住みたいけど高いからなーっ。」

「…病院に住みたいとか言うなよ…」

「お袋も俺のこと負担なんだし、
どっかのもっと安い個室に
永久に入院、でも
俺は別にいいんだけどね。

…どうせ就職とか無理だし。」

「…毎週僕に
手巻きおごらせようったって
そうはいかないからな。」

幼なじみのそのトボケた返事に、
俺は笑った。

「そうだな、陽介に
安西キリウとられるのも
シャクだしな。」

「いつかある僕の政略結婚式にも
是非出席してもらわなくちゃ。」

「…いわれてみれば
俺でも金持相手の
婿養子なら行けるな。
…見合いで相手を騙し通せば。」

「…君はちゃんと
君の良さをわかってくれる女と
一緒になりな。」

「いない、いない。
良さとかないし。」

「…ちゃんと探してから言え。」

俺は苦笑した。

「…お前もまあ、
よく俺とつきあってるわな。」

「…昔はこっちがそう思ってたよ。
からかわれたり
仲間はずれにされたりするたびにね。

君は不思議なことに、
いつも平気だった。
だから僕らはいつも二人で遊んでた。

…もう忘れちゃったかい?
ダーリン。」

「…いや、覚えてるよ。」

…他のヤツがいないほうが
いいと思ってた。
こいつの綺麗な目を
ずっと見つめていられるから。

俺は笑った。
思い出すとなんだか恥ずかしい。

手巻きずしはうまかった。

かたずけた後、
花をみようかと言って
二人で明るい庭へ出た。

 





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