夢を見て…目が覚めた。
冷たい汗で、体がびっしょりと濡れている。
暗い部屋のなかで、静かに溜息。
音が違う。…空間の基調音が。夢の中は…神経を刻む音がする。なにか、こすれるような音が。
(…現実は…優しい…夢にくらべれば…ずっと…)
…起き上がった。
流しへ行こうとして、水音に気がついた。誰かがシャワーを使っているようだ。…こんな夜中に。
ちらりと覗くと真っ白い蒸気に、黒い長い髪が見えかくれした。…ヒュウガだ。
そのときになって思い出した。今シグルドは入院している。
そのまま通り過ぎて、流しで水を飲んだ。
手に当たる水が妙に心地よかったので、そのまま、冷たい水で手をあらった。
…少し、夢が遠くなった。
引き返すと、ちょうどヒュウガがシャワー室を出て来たところだった。
「…あら、こんばんは…」
「…ずいぶん遅くまで起きてたんだな。なんか課題か?」
「いいえ。なんとなく起きてただけ。…ベッドにねそべってたら、なーんか体しんどくなってきたから、 フロでもはいろっかと思いまして。」
「そうか。」
「そっちは?」
「…目がさめた。…なんとなく。」
「ああ。」
お互いに、極力そっけなく答えた。傷や疲労など、確認しあいたいとは思わなかった。
ヒュウガは変な形のバスローブを着て、帯をまいて締め始めた。
「…変なローブ。」
「あ、これ…。浴衣。」
「ユカタ?」
「どっかのラムズのバスローブ。」
「…なんで袖がこんなんなってんだ?」
「ここにいろいろ物しのばせるの。」
「いろいろって。」
「んー…お菓子かくしといて子供にあげたり。」
「…」
「なんでもいいんですよ。カンニングペーパーかくして、カンニングしたり。」
「カンニングペーパー…」
少し可笑しかった。
ヒュウガはふっと笑った。
「わいろ隠しといてこっそり渡したり。」
「わいろ!」
「本当ですよ、うちの一家ではわいろのこと袖の下って言い方伝わってたもの。」
「ふーん。」
笑顔のヒュウガに、鼻をちょいちょいとつつかれる。
「…なんだよ。」
「うふふ。…着てみない?カール。」
濡れた髪を後ろに追いやって、ヒュウガはにっこりした。
ヒュウガのクロゼットの中には、柄だけちがう、同じ形のローブが何枚か入っていた。そのなかから、 白っぽいものを選んで胸に押し当てて来る。うれしそうににっこりして、それに決めたらしい。
「これ、ゆきも丈も長いし、いいと思います。」
ひそひそとそう言われ、ベッドへつれて行かれた。
ぬいでぬいで、と言われて、ガウンを脱いだ。夜の空調は幾分低めに調整されている。少し肌寒い。
「はい、ここに手をとおして。…こっちこっち。」
変なところから出そうになった手を袖におしこまれ、それから立たされて、衿を整え、帯。 余った丈を軽く調節。
「あはははは、かっこいいや。」
出来上がりを見て小声で笑われ、鏡の前に引っぱっていかれる。
「…はたして似合っているのかどうかすら、よくわからん。」
呟くと、
「もちろん似合っていますよ。」
ヒュウガはそう言って、頬に唇を押し付けて来た。
…くすぐったい喜び。
キスを返したのがいけなかったのだろうか。それともヒュウガの温かい湯上がりの肌のせいだったのか。
自分のベットに帰らずに、そのままヒュウガのベットに戻った。心臓が、妙にどきどきして、血が頭の中で音をたてた。
二人並んで座ったまま、しばらく口もきかずにいたが。
ヒュウガが決心したかのように軽く溜息をついたので、…そのまま、何もいわずに、重なりあった。
薄い布地を通して、じれていた互いの体の熱が伝わる。
胸で交叉する衿を左右にひらくと、ヒュウガが身をよじってぬるい息を吐き…シーツをひっぱって、二人の体を隠した。
暖色の柔らかい布の中でヒュウガは二人分の帯を次々にほどき、二人の体は互いの素肌に触れあった。 同年代の少女たちの体とは明らかに違う、熱い少年の体だった。二人は貪り合うように、唇で愛撫しあった。
うら若い皮膚は快楽に抗う術など知らない。 たちまち激しい衝動に心は攫われて、ひくひくと震えながらいきりたつ性器だけがまるで自分の…
そして相手の、…ひょっとしたら世界の、全てのようになった。必死でとりつくろっている仮面がずるずると溶けて落ちて行き、 か弱い、小さな自分だけが取り残されて、相手の胸で子猫のように呻く。
抱き締める腕は細い。細いけれど、力は、強い。
「何がイヤなんだ…?」
「え?」
「いつも言うじゃないか、イヤだって…。」
ヒュウガの重い黒髪に指を絡ませて尋ねると、ヒュウガはけだるそうに目をこちらに向けた。
ヒュウガに最初に手をつけたのはシグルドだ。シグルドは「初めて会った瞬間に恋に落ちた」とでもいわんばかりに、 最初の日からヒュウガにぴったりくっついて席をとり、たしか2日目にはこの気難しいルームメイトを、落としてしまっていた。
シグルドみたいな人物にあれだけ熱烈に迫られたら誰でも…普段シグルドを小馬鹿にしているような連中でも、多分ひとたまりもないだろう。
彼はとても美しいし、澄んだ人柄だ。戦わせれば、滅法強い。
ヒュウガはむしろ初めからシグルドに対しては好意的で…被検体上がりと知ってからは、まるで何か心に決めたものがあるかのように、
シグルドと「友達」していた。…もう一人のルームメイトとは、「おまけ」でつきあってくれているのが見え見えなほど。
「…いってません…」
「言ってる。」
「いってませんよ。別に…」ヒュウガは一瞬、言い淀む。「…イヤじゃないし。」
最近はヒュウガに夢中なんだな、シグルド、俺にはもう飽きたのか?…その程度の冗談でも、言える相手はあまりいない。 シグルドはそのあまりいない人間の一人で…正直なところ捨てられた形になった立場の者としては、冗談にしても幾分辛かったのだが、
それを聞いたシグルドは、あの天使みたいな顔でにっこりして、「そんなことないよ」と騙してくれた。「…別にかまわないぞ」と、 わりと女なんかとも寝たりしている不届者がやせ我慢をすると、「そっちが女とよろしくやってるからじゃないかー。」と、口をとがらせた。
そんなやり取りのあとだった…シグルドが、3人のベッドを提案し始めたのは。 はじめの頃、ヒュウガはあきらかに…抵抗を感じていたようす、…だった。
性のことは、当時ヒュウガが、3人の中で一番「良識的」だった。 ヒュウガの好みは、年下の大人しくて優しいそれでいてかしこい女の子ということだったし、
シグルドが押し切る形で初めてコトに至ったときも、そのあと2〜3日心身ともに不調だった。 根本的な部分でヒュウガには「良識」があり、「危機管理能力」も高かった。
男ばかり3人も集まってベッドで絡まっているのが、彼の良識にかなうわけがない。もしも他人にばれたら…。
それでもヒュウガはシグルドが誘えば、いつでも応じた。
たとえそこにもう一人まじっても、断りはしない。
「イヤ、がしばらく続いたあとは、ダメ、って言ってるぞ。」
「えー?言ってませんよー。」
「言ってるって。」
「言ってない。」
ヒュウガは拗ねたような口調で否定し続ける。
初めて二人きりで抱き合ったのは、…やはりシグルドがいない夜だった。3人でするのにはすっかり慣れて…女がいるのもばれて… ヒュウガの「良識」がどこかに雲隠れし始めていて、
少し「おいこら!」と言いたくなるぐらいに、ヒュウガが性愛に没頭し始めていた頃。
何のことわりもなくヒュウガにベッドを奇襲されて…奪われた。
驚いた。…あまり好かれていないと思っていたから。
縛らせてカール、とあのときヒュウガは言った。だってあなた私より大きいし、力もつよいし、…怖いから。
縛りたいの、カール。私、あなたを好き勝手にいじりまわしたいの。…それとも、大人しくしていてくれる?
いじらせて、カール。お願い…。お願い。
思い出すと、今でも体の奥の何かがが疼いた。
おわったあと満足げにひとのベッドで眠り込むかわいいおかっぱ頭を呆然と見下ろしながら、あの日途方に暮れたものだった。
「…ダメじゃないですもん。別に。」
ヒュウガはそう付け足して、不満そうに指を噛む。
名残りのように腕には浴衣の袖が絡み付いている。
異国情緒の漂う不思議な柄の上に仰向けによこたわり、情事のあとの体を冷すその姿。
…ぞくぞくした。
そうしてなかなか言う事をきいてくれない体が、ヒュウガの姿態に…勝手に反応する。
わきから手を差し入れて、袖の中でヒュウガの腕をたどる。
ヒュウガは仰退いて首をのばし、かすかに「ん…」と声をたてた。
手の先まで腕をたどっていくと、再び体は重なり合った。
硬くなりかかった性器の濡れた先端がヒュウガの下腹を押すと、ヒュウガは悶えて、「イヤ…イヤ…」と、 女のようにくりかえした。
乱れて波紋を描くようによれている紋様の上で、ヒュウガの細い体がくねる。
汚れた下腹にそっと手をあてると、甘い吐息を吐いて、膝の上にへなへなと座り込む。 そのまるい尻を両手で支えて、ちょうどいいところへずらす。ちょうどいいところ…猛る自分のペニスの先端へ。
「あー…あー…」
来たばかりの頃、ピンク色だったヒュウガの性器は、めまぐるしい発達をとげて、今はかなり色がつき…大きく、太く変わった。
精いっぱい立ち上がって、その先端はじゅくじゅくと透明な液を滲ませている。
後ろの窄みはシグルドがじっくり開いた甲斐あって、とても丈夫で、いい感度を持っている。
しまりぐあいもいい。
「あっ…あ、だ…駄目…駄目…あ、あ、あ、あ…」
ずぶずぶともぐり込むペニスを震えながら受け入れる。
動かすたびに、駄目、駄目、と言って、ヒュウガは首をふった。
そうするたびに、肉の楔がヒュウガの奥深くにもぐり込んだ。
「イヤあ…駄目ぇ…んっ…あふっ…はあ…っ…」
「…ん…もうこれ以上入らない…ほら…」
そう言って軽く揺さぶると、ヒュウガはきつく目を閉じて首を左右にふる。
「あーあー…あー…い…いやっ…いやっ…」
「イヤなのか?」
そっと耳にふきこむと、ヒュウガはぴくぴくと痙攣するように締め上げて来た。
「あ…」
思わず声が出る。
…射精の瞬間に、真っ白になる脳裏。
背中によりそうように横たわって、ヒュウガの下腹に手を当て…あたためるように…うとうととまどろむ。
唇をそっと吸われた。…女にするように、そっと。
薄く目を開くと、ヒュウガが首だけこっちに向けていた。
目があいたのを見て、もぞもぞと寝返りをうって、こちら向きになった。
「…わかりました。」
「何が」
「…イヤとか駄目とか言うと…言えば言う程もえるんです。」
「…なんで?」
「…わからない。でも…なんだか…奪われてるみたいで…だんだんうっとりしてきて… きっとエンドルフィンがいっぱい出てるんですよ。どばーって。」
「…天然ドライヴ、ってか…」
「…そうそう…。」
ヒュウガはそんなことをいいながら、何度も小刻みに、唇を吸って来た。
「…カール…」
口を開くよう促されて…ぼんやり従うと、舌がもぐりこんで来た。
ヒュウガはキスが上手いと思う。
…乱れた。
部屋の人間関係の方向性を決定するとき、その集団のイニシアティブは、意外なことにシグルドに依存していた。
シグルドがこうしていなくなると、残りの二人は正直なところ、途方に暮れてしまう。
むろんそれを表に出す気など二人ともなかったが…触れあっていると、お互いなんとなく…察せられた。
脱いだ衣の上で全裸で抱き合っていても、愛とか恋とかいうものを語り合う気にはなれなかった。
むしろそんなものがなくても抱き合えてしまえることを、お互いの体で知ってしまったような仲だ。
相手の素肌に触れたとき燃え上がるものが何なのかなんて、口にだすのは嫌だった。
…もっと綺麗な何かの上で抱き合っていると…嘘でもいいから思っていたかった。
自分は誰も愛していないし、誰にも愛されていない…もしもそんな事実が浮き彫りになったら。…そう思うと、尚更話せなかった。たとえそれが認めなくてはいけない、どうしようもない類いの現実だったとしても、そんなことを二人で確認するのは御免だった。
だから二人とも、それには触れない。
これは友達同士の「悪い遊び」、そういうことにしておいたほうが、いいと思った。
「…シグルド、早くかえってくるといいですね…」
「…うん。」
…シグルドの話でもすれば、まるで友達になったように思えたけれども。
抱き合っていれば、まるで恋人になったように思えたけれども。
では寝苦しい体のほかに、二人の間に何があったというのだろう?
そうしてやっとようやくどうにか、つらい時間をやりすごしていただけだ。
「…でも、何だかよく眠れそう。」
ヒュウガはつぶやいて、あくびをした。
「ああ。…そうだな、寝るか。…おやすみ。」
「はい、おやすみなさい。…」
ヒュウガはそう言って、そっとキスをする。…まるで恋人にするように、そっと。
「…有難う、カール…」
「…こっちが礼を言われる筋合いはない。」
「…いいの。」
ヒュウガは半分寝ながらそうつぶやいた。
「…自慰なら一人でできるけど、セックスは一人ではできないでしょ。…」
最後は寝息に溶けた。
…こっちも礼を言った方がよかったのかもしれない。
ヒュウガの安らかな寝息にさそわれて、夢のない、白い眠りに落ちていく。
不潔で神聖なしみがたくさんついた浴衣は、二人を載せて前衛的な形によじれたままだ。
白っぽい布地と、藍色の布地が、二人の体の下で混ざりあっていた。
明け方までひととき…静かな眠り。
2日ほどで、シグルドは退院した。
ヒュウガがクリーニングから戻って来た浴衣に正しい折り目をつけなおしているところに、シグルドがもどってきた。
「あ、シグルド。おかえりなさい。」
ヒュウガが床から立ち上がり、シグルドにぱっと駆け寄っていくのを見送りながら、顔だけ二人にむけて尋ねる。
「…具合はどうだ?」
「…うん、まだイマイチ。でもラケル先輩が、もう部屋に戻れって。あんまり病院でぐずぐずしてるとまた実験に使われるからって。」
「…じゃあ、横になってたほうがいいですよ、シグルド。」
「うん…いや、起きてる。寝てたからどうってもんでもないし、薬もうってもらったから。」
「…好きにしろ。」
「うん、好きにする。」
シグルドはそう言って、ヒュウガを連れたままこちらへやってくると、勝手に隣にすわって、溜息をついた。
知らん顔していると、肩でぐいっと押された。
「…なんだ。」
「…俺がいない間、仲良くしてた?」
「…してたよ。」
「ほんと?ケンカしなかった?」
「してないって。」
ヒュウガはそのまま浴衣を畳む作業に戻った。
「…長いから、畳むの大変だな。」
ぼんやり言うと、ヒュウガはのんきな調子で「ええ…でも慣れれば別に。」と言った。 確かにヒュウガの手はその作業に慣れているようすだった。
ヒュウガの器用な手で整えられる清潔な浴衣には、もつれあう二人の下でよじれていた痕跡も白い精液の染みも残ってはいなかったが、体のほうにはまだその布地の感触が残っていた。
思い出すと体が熱くなってくる気がした。
…ヒュウガの巧みでしつこいキス。もう一度、欲しかった。
ヒュウガの温かい体に、再び深く潜り込んで行きたかった。
ヒュウガのイヤイヤする声が聞きたかった。
しかしヒュウガは邪魔な髪を耳にかけて、涼し気に浴衣を畳み続ける。…まるで何ごともなかったかのように。
ヒュウガのくねる素肌の残像が、脳裏にちらちらして、もうたまらなくなってきた。…このまま手をのばして、捕まえて、 ひきずりよせてテーブルに載せ、裸にして、滅茶滅茶に犯したい。…嫌がるヒュウガを力ずくでおさえつけて、泣くまで犯しつくしたい…。
泣きじゃくるヒュウガを優しく抱き寄せて、息ができないほどくちづけたい…。
するとヒュウガが突然顔を上げた。
見すかされたような気がして、思わず固まった。
ヒュウガは「わかっていますよ」というような気配を、その優し気な顔に一瞬漂わせて、少し凶悪に眉を動かした。
わたしだって貴方を滅茶滅茶に犯して、虐めつくしたいんだから…。そう言われたような気がした。
初めて二人で過ごしたあの日のように、縛り上げられて服を切り裂かれたような気分になった。
そしてヒュウガはシグルドのほうを向くと、シグルドににっこりした。
「シグルドも着てみませんか?」
…黒い瞳が、濡れて美しい。
もう、日は落ちていた。
19ra.
…あまりコメントしたくない。…ま、春ってことで。(爆)