+++ 「…帰ってこねえってか。」
「…すみません。私が怒らせてしまいました。」
「何言ったんだよ。」
「…」
「吐け。」
「…先輩には関係ないですよ。」
ヒュウガがふて腐れて言った次の瞬間、目にも止まらぬ素早さでヘッドロックが炸裂した。
「ぐああっ、せ、先輩!」
「吐けェ!ゴルァ!!」
「参った!参りました!降参!降参!!!」
ジェサイアが手を放すと、ヒュウガはげほげほとむせこんだ。
「ほ…本気でシメないでくださいよ!!」
「本気でやらなきゃおめえにゃきかねえよ。」
「まったく、聞きたがらなかった癖に、都合のいいときだけ…」
「何だァ?」
「…いえ、なんでもないです。」
ヒュウガは制服の衿を整えてから言った。
「…昨日のアレね…カールとシグルド、コトのあとだったらしいです。」
「…あ、お前知ってたの?」
「何をですか?」
「あの2人デキてんの知ってたの?」
「知ってますよ、そりゃ。あけすけすな人たちですし。」
「なんだ…早く言ってくれよ。気つかってたのに。」
不機嫌そうに頭をばりばり掻くジェサイアを、ヒュウガは無視した。
「…シグルドってコトの最中に『アイシテルって言って今だけ』って言う癖があるんですけど…」
「…生々しいな。それで?」
「…なんか失礼だと思いません?」
「…なにが。正直なだけだろ。」
「正直って?」
「カールって自分のこと愛してないだろうが。だから他人のこときちんと愛せないんだよ。」
衝撃的な一言だった。
ヒュウガは軽く首を左右に振り…それからやっと言った。
「…そんな…そんなことないですよ!」
「どういう状態が『あいしてる』状態なのか、自分でわかんねえんだよ、あいつは。」
「…」
ヒュウガは呆然とした。…それは…その通りだった。彼はそれが確かに分かっていない。だから「アイシテルは義務なのか」とか思ってしまうのだ。しかも、なんの悪気もなく。
「…で?それでどうかしたのか?」
「…シグルドのそれは失礼だって私が言ったので…カール混乱してしまって…」
「何で失礼なんだよ。」
「だって…つまり『どうせ愛してないんだろうけど、最中くらい優しくしてよ』って意味でしょ…?」
「…ふーん、『明日のことはわかんねえから今だけでもモエよう』って意味じゃなくて?…だってあいつ、過去ねーじゃん。『えいえん』とか『みらい』とか『あしたもずっと』とか、奴にとっては限り無く胡乱な言葉なんじゃないの、やっぱり。胡乱てーか、嘘臭いてーか、陳腐てーか。」
「…」
それは、ヒュウガにとってはかなり別種の切り口だった。
「…そうなんですか?」
妥当性やら可能性やらがまったくないわけではなかった。
頭の中で検討しているうちに、ジェサイアが言った。
「そうなんだよ。俺がそうしろって言ったんだよ。」
「ええ?!」
「処理された記憶のことでいつまでもぐちゃぐちゃ落ち込んでたからそう言ったんだよ。俺が。…とにかく今だけになってもいいから、もっと今のこと考えろって。今が積み重なって過去ができるんだからって。俺が言ったんだよ。」
「…そうだったんですか。」
「…最中くらい優しくされたいのは、シグルドじゃなくてオメ−なんじゃねーの??まあそりゃいいけどな…。俺だって優しくされたいと思うしな、最中くらい。…んでその妄想、カールに吹き込んだのか?」
「…」
ヒュウガには返す言葉がなかった。
ヒュウガが黙り込んでいるのを見て、ジェサイアは歩み寄ってくると、わしゃわしゃ頭を撫でた。
「…まあいい。カールのことは心配するな。あいつは逃げ込み先があるから。多分シグルドと距離おいて自分でも考えたくなったんだろう。居所はわかってるよ。週末だしな。」
「…どこに…?」
「…女んとこ。」
ヒュウガは顎がはずれたかと思うほど愕然とした。
「あの人このうえ女までいるんですか?!!」
「おうよ、いい女だぞ。よーくできた女だ、こじれたカールの世話は、あの子にまかせとけ。」
「信じられない!!そういうことだから後ろめたいんじゃないかあのバカー!!病気もらってきたら殺してやるー!」
「…なんだァ!?お前も寝てんのか!?てゆーかなによりだいいちそれは女の方の台詞なんじゃ!?」
ジェサイアは一瞬あきれかえった。
しかし少ししてわらった。
「…おまえ、カールのことけっこうぼちぼち好きなんだな。」
「…どういう意味ですか。」
「…いや、かばうからさ、昨日からずっと一貫して。…」
それはジェサイアがカーランを人でなしのように言うからだ。
ヒュウガはついでなので言った。
「…管理官さん、カールは…不器用かもしれないし、よくわかってないかもしれないけど…でも、他人との関係のために…自分のできる限りをつくしていると思いますよ。あなたのカールの評価は適当でないと思います。」
「…アンタなんかよりわたしのほうが彼のことずーっとずーっとよくわかってんだから、ってか?」
ジェサイアはニヤニヤ笑った。
「…そこまでは言ってませんよ。」
ヒュウガは少し赤くなって、言葉をひっこめた。
ジェサイアはそれを見てひひひと笑った。
「お前もわかってないねえ。まあいいけどな、若人。…いや、ちなみにそれ、ウチのカミさんのおれへの事実上のコクハクの台詞。」
ヒュウガは…思わず固まった。
固まっているヒュウガにますます笑いながら、ジェサイアは、「この週末心配だから、シグルド、うち連れてくからな。…それと、お前らみたいな下半身だらしない連中は、一人どっかから病気もらってきたら全滅だから、ゴムつけてヤレよ。」と妙に冷静に言って、先に部屋に入った。+++ ヒュウガは一人で週末の部屋に残った。
シグルドはジェサイア宅に一緒にいかないかと誘ってくれたが、ヒュウガは遠慮した。ヒュウガがいると、多分、シグルドはジェサイア宅でくつろげないだろうし…ヒュウガも少し一人になりたかった。
誰もいない、セックス抜きの一夜が開けて、午過ぎに目をさまし…ヒュウガは顔だけ洗って街へ出た。
テイクアウトのポテトフライと、なにやらかにやらまざっているミックスドリンクで、遅すぎるランチをとる。公園は調整された爽やかさでヒュウガに食事の場を提供してくれた。
(アイシテル、も、…つきあわなきゃいけない言葉遊びなのか?…か。)
(減らないから、いいですけどね別に…か。)
(先輩、私も…)
(私もきちんと他人を愛せないひとりですか?)
公園の人工緑をぼんやり見つめる。
(寒いな…。)
(やっぱりほしい。セーター。あったかいやつ。)
(先輩に借金して買おうかな。分割で返せば…)
ポテトの箱とドリンクのパッケージをダストシュートに放り込み、公園を出た。
ショッピングモールでセーターを少し見た。
…どれもピンとこない。
(シグルドに選んでもらおうかな…センスいいし。)
本屋によって、雑誌をめくり、めぼしいものがないので、寮に帰った。それだけで、もう日が暮れてしまった。
部屋に戻ると、カーランが帰って来ていた。
とてもふわふわした、あたたかそうなセーターを着ていた。
「あ…カール。昨日は外泊?一言 いってくれればいいのに。先輩にききましたけど、かえってこないから心配しちゃった。…いいですね、そのセーター。私もいいのないかなと思って見て来たけどどれも今一つで。」
「…」
ヒュウガが喋りながらとことこ歩くのを目で追いかけて、ヒュウガの台詞が絶えて少ししてから、カーランは言った。
「…シグルドは?」
「あ、先輩が、心配だから連れていくって。」
「…そうか。そのほうがいいな。…いっそのことずっとあそこのうちに居ればいいんだ。そうすれば落ち着いてるだろう。」
「…あんなでかい息子が突然できたら、先輩のほうが気くるっちゃいますよ。」
「…今あいつの顔見たくない。なんか。」
カーランは怒ったように言った。…どうやらカノジョにもよほど諌められたらしい。…少し気の毒だった。カーランが怒るのは…もっともだ。…怒ってもどうしようもないのも確かだが。
(…なんだか申し訳ない。)
「…でもシグルドいないとなんとなく寂しいじゃない。いたほうがいいですよ。」
ヒュウガはさらりと言った。それからすぐ言った。
「ジュース飲まない?冷蔵庫にあるけど。」
「…おまえもあいつも俺があいつのことを好きかきらいかなんて全然どうでもいいんだな!」
カーランは吐き捨てるように言った。ヒュウガは冷蔵庫からジュースの缶を出し、カーランに一つ渡した。
「…カールはシグルドですもんねえ。でもダメですよ。ここ一番のときに女のところに逃げた段階で棄権。」
「…」
…それはカーラン自身でも納得できる理屈だったようだ。
カーランはちょっと恨めしそうに言った。
「カールはって…おまえはどうなんだ、いつもまっぴるまからシグルドのひざにのっかってるくせに。」
「…私ね、…実は私がシグルドなんじゃなくてシグルドが私なんだと思ってたんですけど…全然うぬぼれでしたね。なんか、先輩の膝枕にはしてやられた気分。いや、未熟者です、おはずかしい。人間自惚れは禁物ですね。」
それを聞いたカーランはぽかんとした。
「…お前は…なんて図々しいやつだ。信じられん。そういう自信はどこから来るんだ?」
「…いやまったく。」
「…他人事みたいに。」
「…あはは。」
カーランは受け取ったジュースの口を開け、静かにソファに座って、飲み始めた。
ヒュウガはその隣にすとんと座った。
「…これは安いけどウマイ。」
カーランはぼそっと言った。
「…うん、わたし一番これが好きです。」
ヒュウガはにこにこした。
カーランとちゃんと話ができて、うれしかった。
そしてカーランのふかふかのセーターに頭を寄せた。
ふわっと柔らかく、おもわず頬ずりしたくなるような感触だった。
「…カール、少しふかふかしてもいい?」
「…うん。」
「うふv」
ヒュウガは嬉しそうにカーランの腕に顔をくっつけた。
しばらくそうして黙っていたが、思い立ってカーランはジュースを飲み干し、缶をテーブルに置くと、ヒュウガの手からも缶をとりあげて、テーブルにならべて置いた。
2人は抱き合ってソファに沈んだ。ヒュウガは柔らかいセーターを着た温かい体に押し包まれた。目を閉じて、カーランの背中に触った。…セーターがふわふわした。
「気持ち良い〜vv」
「…まだなにもしてない。」
「でもきもちいい〜vいいな〜こういうのほしいセーターv」
「…随分気に入ったみたいだな。」
「はいvとってもvv」
「ふーん。」
カーランはヒュウガと軽く唇を吸いあってから起き上がり、ヒュウガの服を剥いだ。ヒュウガは機嫌よく服から抜け出し、裸の細い足で、抜け殻を蹴飛ばしてむこうへやった。カーランはヒュウガがすっかり気に入ったセーターを脱ぐと、元気に洋服サッカーをして暴れているヒュウガを引き寄せて座らせ、素肌の上にセーターだけを着せた。下に何も着ていないのと、もともとサイズがひとまわり違うのとで、セーターはヒュウガには少し長めで、肩も外れ、袖からは手が出ない。
「ひゃ〜vvはふはふですvv」
「よごすなよ。昨日おろしたばっかりなんだから。」
「はあいvv」
ヒュウガはカーランに抱き着いて、唇や顔に好きなだけキスした。カーランの白い手がセーターのすそから中に潜り込み、腰や背中をまさぐる。ヒュウガは撫で回されるたびに小さく喉を鳴らして、むき出しの腰をよじった。背中からわきをめぐって胸に触ると、セーターがめくれて、小さな影を作る臍や、滑らかな腹がセーターの中からのぞいた。さらに手をずりあげて、胸の小さな突起を両方つまむ。セーターが胸の上にたくしあげられて、何ともいえない悩ましい姿。
「……カールのえっち。」
「…セータ−そのまま持ってろ、ヒュウガ。」
「こうですか?」
ヒュウガは医者にかかる子供のように、めくり上げられたセーターを支え、首を傾げた。カーランは手を放し、その滑らかな体に顔を寄せて、舌の先でちろちろと乳首を舐めた。
「…ああん。」
「…なんかペニスのついた大きな幼女に悪さしてる気分だ。」
「…そういうものついてたら女の子じゃないし、大きかったら幼女じゃないと思います。」
「うん…だから不思議な感じだ。」
カーランはヒュウガの喉のあたりから胸をさらさらとなで下ろし、脇腹をつたって、腰、太腿、そして膝までゆっくりと愛撫した。ヒュウガはときどきぞくりと震えた。
「…ヒュウガ、ちょっとそのまま、ここに膝で立っててみろ。」
「え…」
カーランはすっと立ち上がって、部屋のすみからキャスターのついた姿見をゴロゴロ押して持ってきた。ついでに何か持ってきたようだ。小さなチューブをテーブルに置いた。そしてソファの右側に鏡を置き、左をまわってヒュウガの後ろへ戻ってきた。
「…やーん、恥ずかしいですよ〜カール。」
「…そうか?いい感じだと思う。…ほら…」
カーランは後ろから手を回して、ヒュウガが律儀に持ち上げているセーターの裾を、もうすこしたくしあげた。ヒュウガの胸の二つの乳首が鏡に移る。みぞおちからすんなりと滑らかな腹、ふっさり茂った柔らかい下生、すこし膨らみ気味の性器をゆるく挟んで立つ細い太腿。
「…ヒュウガは…そそるな、やっぱり。」
そう言いながらカーランの白い手がみぞおちから下へ滑っていく。
「あああ…駄目…カール…」
「…ちゃんと乳首がみえるように持ってろ。」
もう一方の手の手のひらから中指までをひろく使って、カーランがヒュウガの乳首を撫でる。そこに激しい性感があるわけではないのに、ヒュウガは一気に興奮した。…女の乳首を立たせる手の動き、だったからだ。ヒュウガはカーランが女を抱いているところを思わず想像し、強く欲情した。
「…っ」
思わず手を放して、反応した自分のモノに手を動かしそうになったが、いつのまにかカーランがそこを握っていた。温かい手につつまれて…ここちよい。足から力がが抜けそうになる。
「…ヒュウガ、ちゃんと裾をもってろって…。」
「…え…え…」
「それからしっかり膝で立てって。」
「…はい…」
「ちゃんと俺がイカせるから…」
「…ん…」
カーランは背中からヒュウガを抱き、ヒュウガの肩のうえから鏡をのぞきこんだ。ヒュウガの情慾が上から下まで鏡にうつっている。柔らかいセーターを持ち上げる手はだんだん下がって来て、今は臍のあたりまでしか出ていない。
カーランはヒュウガの足の間を存分に弄んだ。ヒュウガは快楽に酔うといつもイヤイヤをするのだが、すぐにその状態になり、激しく首を振ったりしはじめた。顔はほんのり紅潮して、目はぼんやりしてしまう。愛撫に合わせて呼吸が激しくなり、体はときには小刻みに震えはじめる。…湿らせた指を後ろにすべりこませたときには、ヒュウガは膝で立っていられなくなっていて、ソファにうずくまってしまった。カーランのほうに、尻ばかり高くかかげて、顔はソファに沈んでいる。カーランはそのあらわにされた秘密の入り口から指を抜き…そーっとひとなめした。
「ひっ…!」
そこがヒクリ、と動く。
自分の顔が鏡のなかでニヤリとする。その下にはヒュウガの丸い尻があって、滑らかな背中があって…背中を丸出しにして、柔らかいセーターがヒュウガの脇や首にまとわりついている。カーランはヒュウガの下腹を愛撫する。ヒュウガはびくびくと反応して、あー、あー、と赤ん坊のような声をたてた。折り曲げたからだと足の狭間で、腹にくっつくほどの勢いでヒュウガ自身が屹立している。
カーランはぞくぞくしながら自分の下半身の服を脱ぎ去った。体はもうすっかり準備ができている。テーブルから小さなチューブをとって、ジェルを自分のものにたっぷりぬりつけた。それからヒュウガの秘密の入り口周辺にも丹念に塗りこむ。ヒュウガは震えた。入り口の中にも、指を差し入れてたっぷりぬりこむ。指を抜き差しするたびにヒュウガは少し捩れた。…毎日のように誰かとしているせいか、カーランの指をすんなりと何本ものみこんでいく。
かわいい丸い尻を手でそれぞれ持ってぐっと左右にひらく。そしてその入り口に、自分のモノを押し当てた。
「あっ…はあっ…はあ…はああっ…あっ」
カーランの太い肉がずぶずぶと送り込まれてゆく。ヒュウガはこまかく震えていた。その震える尻と背中がたまらなくかわいらしい。
2人はぴったりとハマり合った。
「あう〜…」
ヒュウガが呻いて、這いつくばりながら顔を起こした。目はすっかり潤んでいる。
カーランはヒュウガにハメたまま、ヒュウガの体を起こした。2人はハマりあったまま動くのが好きだ。中のかたちがいろいろ変わって面白い。柔らかいセーターが2人の体の間にはさまって、その肌触りは最高だった。ヒュウガのモノをさかんにいじると、ヒュウガが後ろをひくひくと締め付けてきたりして、それもいい。2人で繋がっているのは悪くない。なんとなく、…安心できる。
ヒュウガは鏡の中の2人の性戯を見つめ、酔いしれている。自分がハメられて弄ばれている姿がこんなにそそるとは、多分本人は気がついていなかったのだろう。…ヒュウガの体は細いせいか少し幼い感じがする。そのボディの、独特の曲線。せっかくだ、2人は体の角度をかえて、結合部分が鏡に映るようにした。カーランの若いながらも迫力ある一物が、ヒュウガの秘密の入り口の中に消えている。その根元を飾る肉の固まり…。ヒュウガが手を伸ばして触ってくる。
「あ…あああ…」
思わず声を立ててしまう。その声が再び2人をとろかしてゆく…。
ヒュウガはやがて低く呻いて、カーランの手の中で果てた。カーランはヒュウガの体の中に…。
2人は終わってもしばらくそのまま肌を寄せあっていた。+++ ヒュウガが残りのジュースに手をのばした。
ごくごくと飲み物をあおるヒュウガの喉を見るともなく見つめるカーラン。
「…ふう。」
満足そうな溜息をつくヒュウガ。セーターでかろうじて、すれすれのところまで隠れているが、すんなりした足は、性戯のときのままだ。自分でもその格好が、奇妙に艶かしいことに今は気付いている。
カーランもまた、満足している。ヒュウガを抱き寄せるようにして隣り合って座っている…その下半身の素肌が触れあっている感触…。もう一度くらい、簡単に出来てしまいそうだった。ふたりは自然と足をからめあっている。うっとり身を寄せあう幸福。…なんとなく、黙っている。言葉を発するのが、なんだか勿体無い。けれども見つめあったらまた火がついてしまいそうで、目は合わせずにいる。
「…シグルド、帰って来ないですね。明日かな。」
沈黙を破ったのはヒュウガだった。
「…あいつもジェサイアと激しくヤレばいいんだ。つまらんことを考える余裕がないくらい激しく。」
「…あらまあいいんですか。取られて悔しいくせに。」
「…今日はべつにいい。ヒュウガとすごく良い感じで上手くいったから。」
「うーん、良い感じだった?実はわたしもスンゴクよかったです。」
「うん、大変満足した。」
「…なんだか離れるのが惜しいくらいです。」
「ああ、そうだな。本当に…。」
カーランはヒュウガを更に抱き寄せた。ヒュウガはうきゅーとカーランにくっついた。
2人は黙りこんだ。
(別になんにも言わなくたっていい…良い気持ちだし…なんだかうっとり…ずっとこうしていたい…)
(カールは私の呪文なんかいらないし…それは私もそう…)
(でもシグルドには)
(そういう呪文が必要なんだ。)
(そんな呪文がなければ)
(からっぽの過去に脅かされて…あの人はただ体の快楽に酔うことすらできない…)
「…カール、先輩がね…シグルドがあんまりにも…なくした記憶のことを嘆くから…言ったんですって。もっと今を大切にするようにって。…昨日先輩にきいたんです。」
カーランはそれを聞いて、しばらく黙っていた。
ヒュウガは別に返答を望んでいなかったが、やがてカーランは口を開いた。
「…ジェサイアは周知徹底という言葉を知らんのか。」
ヒュウガはそれを聞いて吹きそうになった。
変な言い方だが、「それならこっちにもそうといっとけ」という意味なのだろう。
「そうですよねえ!」
ヒュウガは笑い、カーランの頬や顎のあたりをチュッチュッと軽く吸った。
「…くすぐったい。」
カーランはヒュウガを押さえると、きつく抱きすくめた。
…ヒュウガは大人しくなった。
2人はそっと溜息をついて、また黙り込んだ。+++ 日曜日の夜、シグルドが大きな紙袋を下げて帰ってきた。
「おかえりなさいシグルド。」
「ただいま〜。さびしかったんじゃない?ヒュウガ。カールもどってきた?」
「ええ、昨日のうちにもどってきたんですよ〜。」
「けんかしなかった?」
「しません。仲良くしてました。シグルド、体調はどうですか?」
「うん、ぜんぜんへーきだよ。…これ、先輩からおみやげもってくようにって。」
シグルドはそう言いながら紙袋をヒュウガに手渡した。
「…??なんだろう。」
ヒュウガは紙袋をのぞいて、なかの包みを一つとり、不透明の包装を丁寧にほどき始めた。
そこへカーランがやってきた。
「…大丈夫か、シグルド。」
「ああ、…このあいだはごめん。ちょっと俺、剣呑だった?」
「…いや、加減が悪かったなら仕方がない。」
「じゃ、仲直り。」
シグルドはひょいとカーランの首に手を回し、一歩カーランの懐にふみこんで、すっとキスをした。カーランも拒まずに応えた。それからカーランはシグルドの顔を撫でて言った。
「…シグルド、…しばらくセックス抜きにしたほうがよくないか?おまえ、本当は誰といたいのか、きちんと考えたほうがいいだろう?」
「…本当にいたい相手はエテメンアンキにはいないよ。だから考えてもしかたがない。…でもカールがイヤなら無理にしてくれとは言わない。…彼女への手前もあるだろうし。」
あまりにきっぱり「いない」と言われたうえ、気を回してやったつもりがあべこべに責められる形になってしまって、カーランは思わず眉をひそめた。
「エテメンアンキにはいないって…じゃどこにいるんだ。」
シグルドはつんと顔を背けて言った。
「…わからない。月の見える砂漠みたいなところ。…とても熱い風が吹いているところ。」
ヒュウガは手をとめて、シグルドを見上げた。
「…シグルド…何かおもいだしたんですか。」
「…なにかというほどでもないよ。それだけ。」
「…じゃあそんな言い方…。カール可哀想。シグルドのこと好きなのに。」
ヒュウガがぽつりと言うと、シグルドがムカーっとしたのがわかった。そしてなぜかカーランは、ひやりとしたようだ。
シグルドはヒュウガに訴えた。
「…どこがだよ。わかっただろ、ヒュウガ。こいつが雲隠れするときは女のところにいるんだって。」
「…だからってそんな言い方するなんて。」
「なんでカールのかたもつんだよ。おれだってかわいそうじゃん! ハナから女と二股かけられてたんだぞ。お前が来る前から!」
「…ああ、じゃ、やっぱり…先輩の意見じゃなくて、私の読みが正解だったんだ。シグルドはやっぱり『今』がポイントなんじゃなくて、『アイシテルって言って』がポイントだったんだ。『どうせ愛してなんかいないだろうけど』って意味だったんだ、やっぱり。」
ヒュウガに早口でそう言われて、シグルドは面喰らった。
「ええ?!」
ヒュウガはほどきかけの包みを持ったまま、シグルドを見上げて言った。
「…すっっごい失礼な話! 愛してないの自分じゃない! 私だってカールだってあなたのこと好きで心配してるもの! あなたが酔えないのはわたしたちのせいじゃないでしょ、その心に浮かんできた、月夜の砂漠のせいじゃないですか! それに何ですか?あなたあてつけで私のところきたの?シグルド。カールに二股かけられたから?」
「ちがっ…そんなんじゃない!」
途端にシグルドはあたふたした。
カーランが言った。
「あの、ヒュウガ…」
ヒュウガはかまわず続けた。
「…先輩ってほんと周知徹底が足りないですよね。今度はシグルドに言ってなかったんだ。『ヒュウガをうまく言い包めたから、おまえもあわせとけ』って…。」
2人は呆然とヒュウガの顔を見ている。…ヒュウガはコワイ顔、になっているらしい。
「…ヒュウガ…あの…」
カーランがもう一度シグルドをかばいかけたところで、ヒュウガは遮って大きな声で言った。
「えーと、じゃ、こういうことでいいんですかね?…カールは女がいるのにシグルドとも私ともやりまくり。シグルドはエテメンアンキにいない誰かの代わりにカール、私、先輩と次々に遍歴。私は昼間はシグルドと、夜はカールと。…まだあります?カールは実は先輩の週イチでしゃぶってるとか、先輩がかげで次はヒュウガを食うって言ってたとか、ないですか?大丈夫です?」
2人は慌ててコクコクうなづいた。
「じゃ、そういうことで。もうアイとか何とか誰が可哀想とかだれがひどいとか、イカレた話やめましょ。みんないい勝負ですよ、ばかばかしい!それとも五十歩百歩って故事成語についての解説が必要ですかね?」
2人は揃って首を横に振った。
「結構です。…2人とも忘れないで下さい、そもそも嫌いだったら絶対にお互い服脱ぐようなタイプじゃないって。このさい誠意については棚上げする以外ないでしょうね。誰一人言い訳のしようもないですよ。そもそも3人でやってるのからしておかしいんだから。それと、みんな違うって分かってるくせにはけ口とかあてつけとか言わない!…わかるでしょ、それでいいでしょ!」
そして包装を剥いだ「おみやげ」の中身を一つずつカーランとシグルドに放った。
2人はそれを受け取った。
そして不審そうにそれが何かをおのおの確かめ…2人とも少し遠い目になった。
ジェサイアのくれたそのお土産は、コンドームだった。
…紙袋に満杯入っている。
ヒュウガは顎を引いて上目遣いに2人を睨むと…親指で、背後のベッドを指した。+++ 午前の最終時限が休講になったおかげで、食堂はまだすいていた。
「…あれっ、カール、カレー?」
「…ここのハンバーガーにはもう限界だ。」
「ゴハン、たべられそうですか?」
「別に味はきらいじゃない。ライス。…カレーも、まあまあだな。」
…皿は、なかなか汚い。ライスがあっちこっちにちらばっている。
「あ、おいしいでしょ。」
「うむ。悪くない。…このあいだヒュウガがかけていたのはどれだ?」
「おしょうゆ。これ。」
「少しかけてみよう…」
と、カーランが醤油さしを手にとったところで、もう一人がやってきた。
「うわっ!なにしてんのカール! そんなもんカレーにかけるなんて!」
ヒュウガは思いっきり抗議した。
「ぶー、お醤油かけるとおいしいんですよーっ!」
シグルドは恐ろしいものを見たような顔でカーランのカレーから目を背けた。
「変なこと教えるなよヒュウガ〜もう〜あーあー、気色悪いなあ。」
「失敬な。」
ヒュウガは向いに座ったシグルドからぷいと顔を背けると、オムレツにマヨネーズをかけはじめた。
「ひっ...ヒュウガ!! マヨネーズじゃなくてケチャップなのでわ!」
「何かけようとわたしの勝手!!」
ヒュウガがシグルドにやりかえしたところで、カーランが醤油のかかったカレーを口に入れた。
「…むっ…」
「ほーら、いわんこっちゃない…。出すなよ、カール。飲み込め。」
「…いや、けっこううまい。」
カーランはもぐもぐそう言って、カレーを食べている。
「うっそだろー!!しんじらんない!! 」
「…人の事はいいから自分のものたべなさいよまったく…今日はなんですか?」
「俺は定食。」
「あ〜、リッチ−。」
「てゆーかなんなの、お前らのその貧しさ。」
シグルドは定食のサラダを食べながら呆れて尋ねた。
「…俺はセーターを買った。」
カーランは答えた。ヒュウガもうなづいた。
「私もセーターほしいの。寒いから。シグルドはいらないのですか?」
するとシグルドは言った。
「あ、俺先輩からこないだ2枚巻き上げた。ヒュウガ一枚着る?あげよっか?」
今度はカーランが呆れた。
「なんという要領のいいやつなんだ、お前は…。」
するとヒュウガはぶーぶーと不服そうに言った。
「えー、やだ先輩のお古なんか〜。」
カーランはさらに呆れた。
「…なんというわがままなやつなんだ、お前は…。」
シグルドもヒュウガの言葉にはははと笑った。そしてカーランに尋ねた。
「…てゆーか、カール、なんで金おろさないの?銀行にいっぱいあるだろ?」
「…そんなことしてたらあっという間に食いつぶしてしまう。いよいよになるまで銀行にはゆかん。」
それを聞いたヒュウガはびっくりしたように言った。
「えーっ、カールってお金あったんですか。」
シグルドが答えた。
「あるよ〜、こいつ親の遺産まだ少し持ってるからね。」
「遺産?」
「…誰からも聞いてないのか?俺の両親は火事で2人とも死んでいる。」
「…」
ヒュウガはマヨネーズつきのオムレツを食べかけの格好で、一瞬固まった。
「…まったくジェサイアの奴め…本気で『周知徹底』をおしえなくてはいかんようだな…。」
ヒュウガは神妙な顔でフォークをおき、しみじみとカーランに言った。
「カール…」
「…なんだ。…別におくやみとかの形式的な挨拶は必要ないぞ。」
「そうですか。ではいきなり本題ですが…先輩のお古は貴方が着て、あなたのあのセーターを私が定価の7割で買い取るというのはいかがでしょうか。」
「…どこまでずうずうしいんだお前というやつは…」
呆然とするカーランにさらにヒュウガは言った。
「分かりました、では定価の6割とサービス券10枚でどうですか?」
シグルドが退屈そうに口をはさんだ。
「…ヒュウガ、それ、値段下がってるし。それに、何、サービス券て。」
ヒュウガは真面目な顔で言った。
「…性感マッサージ一回2枚。」
シグルドは思わずフォークからトマトを落とした。
「つまり校内売春5回分?!」
「校内どころか室内だ...汗。」
カーランがぼそりと言った。
ヒュウガはうんうんとうなづいた。
「室内っていうと屋外もありそうな感じですね。いいですよ、屋外でも。」
「だれもそんなことはいっとらん…。」
「…泣くなカール。」
…結局、ふかふかセーターはいつのまにかヒュウガのものになっていたそうである。
2002/09/23
な...長い...汗。こんなはずでは...汗。
いや、塔みたいに長くならなくてよかったです...笑。