BED TIME 3 


 変なところが律儀なカールは、日が高いうちに肌をあわせるのをよしとしない。
 しかしこんな状況のせいだろう、何かネジがとんでしまったかのように 、四六時中べたべたくっついてきた。
 実は南の島というやつに、漂着して3日目だった。
 パイロットの地上基地実習直前、実習地までの移動のためにヒュウガとカールを含め6人の実習生を乗せていた輸送機が、突然墜落したのだ。落ちた場所は海だった…らしい。
 島に自生の果物と海産物で食い繋いでいるものの、なにか栄養分が足りないのかあるいは糖分が過剰なのか、妙に体はだるく…個体が生存の危機に瀕しているためかあっちはヤケに元気で…海に入って冷やしたりしているありさまで…。
 砂浜は何かと不自由が多いので、二人は小さな川を少し遡った岩場で過ごすことが多かった。水が真水だったし、近くに先史時代の遺跡の入り口があって、電気がつくのが重宝だった。遺跡は入り口付近の一番目のロックしか解除できなかったが、二人が夜、危険な獣を避け、寄り添って眠るのにはそこだけで十分だった。
 ソラリス製の軍用機でも落ちるときは落ちるのだ、というのが今の正直な感想だった。
 それ以外のことがなかなか考えられない。いかなパイロットで空に慣れているとはいえ、墜落の精神的なショックはけっして軽いものではなかった。
「まあ、悪運、と言われるのでしょうね…また。…生き残ってしまいました。」
「…頼むからもっと嬉しそうにしてくれ…死ぬ思いでお前をここに引き摺り上げたのに。」
 そうなのだ。ヒュウガは実は急降下のせいでブラックアウトしていた。目が覚めたら、波打ち際から少し離れた砂の上に仰向けに倒れていたのだ。カールの手ががっしりと腕を掴んでいて、カールはそのままつっぷして眠り込んでいた。目が覚めるまでの間、毛布を握りしめて眠る子供のような頑固さで、ずっとヒュウガを放さなかった。
 一人で生き抜くもの困難な状況で、どれほど熾烈な決意でそれを成したのか、ヒュウガには想像もつかないことだった。カールがこれほど泳げる人間でなかったら、ヒュウガは間違いなく死んでいたことだろう。…こういう偉業をときどきやってしまう男だから、面白くてついかまってしまう。たいていはうるさがられて終わりなのだが…今回は当てたと思う。当てたとは思うが、自分だけずっと気絶していたかと思うといささかばつが悪かった。
「もちろん、感謝していますよ。」
 そのニュアンスが口調に滲んでしまうと、カールは何を勘違いしているものやら不審そうに眉をひそめるのだった。
「…なんか嘘くさい。」
 …不審そうというか不満そうというか。自分の英雄的行為に、もっと浴びるような賞賛と感謝が欲しいのだろうか?…これさえなければ本物のいい男なのにとヒュウガは思ったりもする。だが…まあいい。
「嘘か本当か体に聞きますか?」
 どうせ暇なのだ。
 …けれどもカールは軽く首を横にふり、誘いを拒んだ。
「…少し話したい。」
 やりあきた、というのもあるのやもしれなかった。
 ヒュウガはどちらかといえばセックスよりおしゃべりに満足感を覚える種族なのだが、残念なことに、カールはおしゃべりの相手としてあまり適していなかった。会話を楽しむというよりは実務的なやり取りこそがコミュニケーションだと思っているらしいカールは、「意味のない」おしゃべりをあまり好まなかった。…だから会話がちぐはぐになりがちで、どうも疲れるのだ。この男は会話よりセックスのほうが格段に雄弁だとヒュウガは思う。
 …だからあまり話したくなかった。
「何を?」
 今できる実務的な話など…まともに考える自信がなかった。
「…誰か他に生き残ったと思うか?」
 案の定、嫌な話題を振ってくる。
「…」ヒュウガは眉をひそめた。「…どうでしょうね。私は気絶してましたし。どうだったのですか?」
 早くやめてくれ、という態度でそっけなく会話する。
 しかしカールはこういうヒュウガの言語外のサインを軽やかに無視するのが常だった。
「…どうって…そうだな、機体はバラバラだ。…ただ、直前に機長は離脱してる。」
「え…そうなのですか?」
「…人間は死んでいてヴォイスレコーダーは回収、だと有り難いんだがな。」
「そんなこと、冗談でもいうものじゃないですよ。」
「…見習い6人乗せたの落としたんだ、処分はどうなると思う?」
「降格は免れないでしょうね。」
「…おまえに妻子が3・4人いたとして…軍から除名になれるか?」
「落ち度がなければ除名ということはないですよ。」
「…あったとしたら…?」
「カール…」ヒュウガは額を押さえた。「…そんな仮定に何の意味があるんです…。よしましょう、こんな状況で…わたし幾分参ってるんですよ…」
 不快感を強めに出して言うヒュウガに、カールは一瞬黙った。しかし少ししてすぐに口を開いた。
「…ヒュウガ、いいことを教えてやろう。」
 生真面目な顔でぽつりと。
「…弱っているときほど警戒しろ。本物の敵は弱っているときしか襲ってこない。」
「…」
 ヒュウガは視線を返した。
「…なにか心当たりがあっての仮定なのですか。」
「…俺の乗ってた場所が良かったというか悪かったというか…。…不意をつかれていたら、俺も気絶してただろうな。だが機長室の状況がうすうす聞こえてたから、構えていた。」
「…手落ちが、あったというのですね?」
「…ヴォイスレコーダーが回収されれば問題ないが…」
「…知らないふりで通してしまえば…?」
「…知らない間に死ぬかもしれんな。関係者が本人以外全員死んで、証拠もなければ、機長が軍を除名されて妻子が路頭に迷うこともないだろう。」
「…」
「…本国に帰ったらひと騒ぎあるかもしれん。覚悟しておいてくれ。…お前にコナがかからんように、何が起こっていたかは言わずにおこう。」
「それは…聞かせて下さい。困ります。」
「知らないで済ませたいんだろう?」
「カール。」
「…悪かったな、助けたりして。生きるも地獄、死ぬも地獄だ。楽なほうがよかったな、どうせなら…。おまえはそんな苦労ばかりだな…」
 やっとヒュウガは、先程の自分の態度がどれほどこの男の繊細な神経を逆なでしてしまったのかに思い至った。
 言葉が途切れて、小川の水音だけが静かに続いた。
 ヒュウガは困り果てた。何も悪気はなかったのだ。ただ、凄まじい重労働をカール一人に押し付けて、自分はお姫さまのように気絶していたことを、バツが悪いと感じただけなのだ。…無論自分一人が生き残った過去の惨事やその事後を少しも思い出していなかったとは言わないが、それにしたって苦難と引き換えに生き延びてきた自分の命を、皮肉に感じたことはあっても、楽になりたいと思ったことなど一度もない。
 しかし全て弁解して謝るのは更にバツが悪かった。
 しかも謝っても余計こじれるだけ。長いつきあいでわかっている。
「…酷いなあ、私が死んだほうがよかったと言うのですか?」
 とぼけたようにそう言ってみた。
 返答はなかった。
 …ダメだこりゃ…。
 ヒュウガは立ち上がると、川辺の滑らかな岩に掛けるカールの膝の上に、またがって座った。
 カールの顔を両手で包んで、まぶたといわず唇といわずくちづけた。
「…同じ地獄なら生きてたほうがいいですよ。死んじゃったら触れあうこともできないじゃありませんか…。」
 潮風と海水ですっかり塩味になっている顔に無数のキスを降らせると、カールは目を閉じて、ヒュウガの胸に顔を埋めた。…参っているのはカールも同じなのだ。カールは墜落する機体の中で、薄れ行く意識を持ちこたえ、機体が崩壊する衝撃をやり過ごし、四散した機体の残骸が累々と浮かぶ海をかき分けて…気絶した友人を抱えたままあてのない遠泳をこなしたのだ。…たった一人で。
「…カールは私が生きていて嬉しい?」
「…馬鹿かおまえ。」
「…あなたが喜んでくださるなら、私はそれが一番嬉しいのです。」
 更に何か可愛くない口をきこうとする気配を感じたので、ヒュウガはその口をくちづけで塞いだ。強引に舌を差し入れて、舌で口を犯しまくっているうちに、カールの体の力が弛んでしだいに応えるように舌を絡めてきた。目を閉じたままの白いまぶたが微かに震える。
 真昼の陽光が熱帯植物の大きな葉の隙間から射して、時々熱い風の訪れとともに揺れた。明るい大気の中で抱きあうと、恐ろしい現実は次第に遠ざかり、高いこずえでさえずる鳥の声や、そばを流れる水の音だけが、本当の世界になったような気がした。
 カールのものを受け入れると、なぜかひどく安堵した。ゆさゆさと動かされて、こ2・3日すっかり馴染みの快楽に身を任せる。揺さぶられると、くいっと勃ったヒュウガのそこは、時々カールの体にふれながらゆらゆらと左右に揺れた。それが心地よい。
 本当に二人きり…その開放感から大きな声をたてる癖がついていた。二人は動物のように悲鳴や歓声をあげて声帯を解放し、快楽の要求するままに騒ぎ立てた。
 花や果物の甘い匂いで胸はいっぱいになり…ときどき吹く温かい風が濡れた先端をふわふわと撫でて…
 カールに温かい岩の上に仰向けに横たえられ、勃ちきったペニスを扱かれた。ヒュウガは甘えた声を立てて、ぼとぼとと薄い精液を漏らした。前後して、ヒュウガの奥深くにささりこんでいたものが中を濡らして緩むのを感じた。
 二人はゆっくりと息をつきながら、そのまま静かに抱き合って熱帯の風に吹かれた。
 岩は温かく、水音は変わらずに続いていた。
 二人が濡らした部分を、風が柔らかく撫でていく。
「…気持ち良いですよね…」
「…ん…」
「…ずっと裸族もいいかもなあ…」
「…あー…」
 そのまま二人は眠りこんだ。

 軽く10日ほどかかって救助され、本国に戻ってみると軍法会議はとっくに終わっていてカールの予想通り機長は除名されていた。ヴォイスレコーダーを処分しようとしていたところを発見されたとかで、弁解の余地はなかったらしい。副操縦士との間の派閥争いに端を発した罵りあいが連綿とヴォイスレコーダーに記録されていて、全文をのちのちになって読んだヒュウガは、それをリアルタイムでききながらそいつらの操縦する飛行機にのっていたカールの貧乏くじぶりに同情した。だがカール自身が言ったように、聞いていたからこそ意識を保てたのだ。皮肉な幸運、とも言える。
 しばらく服が煩わしく、ホテルでは騒ぎ癖が抜けず…という後遺症が出たほかは、まるで夢だったかのように、遭難騒ぎは終わった。
 ちなみにカールは肌が白いので、日やけであとが大変だったとかいう話を、何年もたってからヒュウガは例の彼女に聞いた。 

19ra.


絹さん宅に献上したシタフェイの「雨」とツインになってるので読んでみてください。・・・別にヒさんがカナヅチというわけではなく、たまたま自己防衛本能が発露したのだろうと思います、果報は寝て待て・・・。/ところで「雨」ですが、図書室に置きました。絹さん宅とリンクはずれましたので...。2001/09/11

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