カーランが朝目覚めると、隣で寝ていた日向の様子が普段と違っていた。
正月休みを貰えたので、目が覚めてもごろごろ寝ていようと思っていたのだが、あまりのことにすっかり目が覚めてしまう程度には。
「……」
そーっと腕を伸ばして、触ってみる。
ふわふわと柔らかく、あたたかい。触れた瞬間びくっと震えたが、日向は起きなかった。
『本物』と同じ手触りなのはどういうことだろう。
不安になって、毛布にくるまった日向の背を撫でさすり、そのままおそるおそる手を下げていくと、くるりと手首に柔らかいものが巻き付いて、離れた。
「わあっ」
「……ん…?」
大声に目を覚ました日向は、動揺しているカーランを不思議そうに見やった。
「日向!」
「はい?」
「言葉はわかるな!?」
「なに、言ってるんですか…?」
がなりたてるカーランに日向は眉を寄せ、寝たまま黒髪を手で梳いた。
「…?」
ふと、妙な感触に気づいて上目遣いになり、その原因を指で引っ張る。
「あ痛」
…髪と同じ色の三角の猫耳が、日向の頭の上に生えていた。
「なんなんだ、それは?」
「……あ、尻尾もあるー」
布団を覗き込んで尻尾も引っ張り出し、平然と耳を引っ張ったり尻尾をゆらゆらさせたりしている日向に、カーランはわけがわからず激昂する。
「日向!」
「怒鳴らないでくださいよ…さいきん増えてるらしいですよ、こういうの」
「あ?」
「原因不明らしいですけどね、風邪みたいなもんだから放っておけば治るって」
「放っておくって…」
「別に死ぬわけじゃないですから。それとも、似合いません?」
「似合う」
即答したカーランに、「良かった」とにっこりし、もうひと眠りします、と言って日向は再び目を閉じた。
昼になって起きてきた時も、日向には耳と尻尾が生えていた。
尻尾はさすがに服の下に隠してあったが、耳だけは隠れない。
足元ににゃーんと擦り寄って来たシグルドを抱き上げて、しばらく一匹とひとりでにゃあにゃあ鳴いているなと思ったら、シグルドをだきゅっと抱き締めて「しゃべれるー」と喜んでいる。
カーランはなんだか頭が痛くなった。
…どこの世界に猫耳と猫尻尾の生える病気があるのか…しかも、かかると猫語がわかるなど。
しかし…耳と尻尾は確かに生えているし、それがまた殺人的に可愛いのである。
耳の大きさも形も尻尾の長さも、まるで計算し尽くしたように日向に似合うのだ。さっきちょっと触っただけだが、触り心地もたまらなく良かった。
シグルドを離して、日向はコタツに足を突っ込んで蜜柑を食べているカーランの横にちょこんと座った。
「とりあえず、猫が一匹増えたと思って」
「…飯は猫缶でいいのか?」
「あ、それはイヤかも」
ご飯はくださいにゃーと甘えて、カーランにくっつく。
「しかし、でかい猫だな…」
笑って、カーランは膝の上に日向の頭を乗せた。
三角の耳と一緒に髪を撫でる。柔らかくて手触りがいい。
しばらく黙って撫でられていた日向は、やがて笑い出した。
「…なんだよ?」
「すンごい気持ちイイです」
「うん?」
「尻尾キツイから伸ばしちゃおうっと」
体を起こした日向は、履いていたジーパンと下着をぽいと脱いでしまうと、畳んで置いてあった洗濯物の中からタオルを引っ張り出して、くるりと腰に巻きつけた。タオルの裾から、生き物のように黒い尻尾が伸びる。
艶かしいとも言えるその動きに、一瞬カーランは見惚れた。
「…首輪つけるか、家猫だから」
「どうぞ、ご主人様?」
セーターを着てタオルを腰に巻いた猫もないだろうが、カーランは立ち上がって寝室に首輪を取りに行った。どうしても付けてみたかったのだ。カーランが戻ってくると、日向はコタツ布団の上にころんと横になって、尻尾を優雅に揺らしながらテレビを見ていた。
尻尾が揺れるたびにタオルの裾がひらひら揺れる。
中身が見えそうで、見えない。
「……日向」
「はい…?」
うつ伏せに寝たまま上体をひねり、日向は振り向く。
「それは、おまえ…挑発してるのか?」
「ご想像にお任せしますよ」
微笑する日向と美しい曲線を描く尻尾に誘われるようにカーランは膝を突き、日向の首に厳かに首輪をはめると、その頤をとらえて口づけた。
…当然のようによく似合う。
下ろした手で腰のタオルの結び目をほどくと、尻尾の先が手首を撫でていく。
艶かしい一個の生き物のような動き。
日向の白い腰の、背骨の終わりの場所から唐突に生え出した黒い長い尻尾。
その毛並みをつつっとたどって、カーランは寝そべる日向の横に体を横たえ、胸の中に日向の頭を抱え込んだ。
「にゃーん」
ごろごろと小さな雷の音を喉で鳴らしながら甘える日向の髪を撫で、セーターとシャツをまくりあげる。
白い胸を丸く撫で、乳首を爪先で摘むとびくんと震えた。
「あ」
「…日向」
「う…、ん、ん」
もう一度唇を塞ぐと、日向の剥き出しの下半身がカーランの足を挟み込んでくる。背中を撫でた手で尻尾の付け根を軽く握る。
くはあ、と唇の隙間から甘い吐息が洩れた。
「イイか、日向…?」
「尻尾…つかまないでください…なんかすごい…、キます…」
「ふーん」
やわらかくくねる尻尾をさわさわと逆撫で、首筋を甘く噛む。
「あ、んッ」
仰け反った日向の白い喉を首輪の金具が彩る。
四肢をまとわりつかせるようにカーランに抱き付いた日向は、指先をカーランの股間に伸ばした。首筋や耳朶に唇と舌を這わせながら擦り立て、反応を感じてからファスナーを引き下ろす。
「日向…」
カーランはため息混じりに呟きながら日向に口付け、白い足を折り曲げて肩に担ぎ上げた。…いやにすっきりして目が覚めると、日向が裸で下に居た。
そっと体を起こすと、ぺりぺりと下腹部で何かがはがれる音。
「……」
乾いてぱりぱりになっている…元液体。
ここはベッドで、コタツのそばじゃないんだが。
寝ている日向に耳は無いし、あの艶かしい尻尾もなさそうだ。
「お目覚めですか…?」
かすれた声で日向が言いながら、目をあけた。
「…酔ってるならともかく…ふつーに寝ながらやっちゃう人も珍しいですよねえ…」
ごろんと体の向きを変えて、日向はまだ眠そうに丸まった。
「…日向」
「なんですー?」
「寝ながらしてたか、俺?」
「ええ、そりゃもう…頭とお尻のへんをやたらに触って、セクハラ親父みたいでしたよ」
「……そうか」
「どんな夢見てたんです?」
「…日向が猫になる夢」
「ふーん…カール…。私が猫耳つけたり尻尾つけるの、そんなに好きですか?」
「好きだ」
即答断言されて、日向は一瞬絶句した。潔いといえば…潔い。
「…じゃあ、正月休みの間は猫でいましょうかね…」
呆れたようにそう言いながら、日向はカーランの額にキスをして体を抱きかかえ、目を閉じた。それから三日間だけ、カーランの部屋には服を着た巨大な猫があらわれた。
それはそれは珍しい、若い雄の三毛猫が。《了》