…暑い。
巨大生物の体内にまるごと放りこまれたような、まとわりつく熱気と湿気。温度計はヒトの体温を越えた気温を示し、湿度計はもはや振り切れている。知らないうちに消化されていても不思議ではない夏の午後。ドアの開閉する音に、動物達はぴくりと反応して頭を持ち上げた。
「…ただいまー…、あ、涼しい…」
日向は幸せそうに目を細め、汗でずりおちた眼鏡を外した。
「みんなで優雅にお昼寝ですか…羨ましいなぁ」
冷房が程よく効いた室内でゴロゴロしている動物達に混じって、ソファベッドの上ですうすうと寝息を立てている同居人を眺めて日向はぼやく。同居人と言っても、寝ているほうが部屋の主人だ。
日向は居候である。バイトが決まるまでと言って転がり込んで、その後引越し費用が貯まるまでに変更した。預金通帳はそろそろ頃合だと言っていたが、日向はまだ出て行くだけの気持ちの整理がつかない。
特にこんな暑い日に、クーラーの効いた部屋などに入ってしまうと。
無防備に眠っている『恋人』がやけに可愛く見えて、日向は閉じた睫の長さなんかをしげしげと観察してから、シャワーを浴びにリビングを出た。やがてさっぱりした日向が戻ってきても、金髪のご主人様はまだ眠っていた。
「……」
日向は悪戯をひとつ思い付き、キッチンに入ってすぐ出てきた。
手にはアイスのカップが乗っている。食べ物の登場に、犬猫が目を光らせる。その彼らを手で制しておいて、日向はまず眠っているカーランのランニングシャツを裾からめくる。用があるのは腹だけなのだが、胸の上まで引きずり上げる。
呼吸に合わせて緩く上下する白い肌。
同じ人間の肌でもコーカソイドは白さが違う。大抵白い肌だと皮下の血管が透けて赤みが差しやすいが、カーランの肌は本当に陶器のように白い。
その白い、引き締まった腹部と胸が曝け出される。
すうすうとまだ乱れない寝息に、日向は悪戯を実行する。手に持ったアイスのふたを開ける。ココア色をしたチョコレートアイスだ。大きいスプーンでひと匙すくって、口には運ばずに白い腹部にぱたりと落下させた。
「………!!」
ご主人様が不意の刺激にとび起きるのと、そのペット達が獲物に殺到するのはほぼ同時だった。
「……日向!」
「おはようございます、カール」
「おま…っ、あっ、こらお前等!ええい、爪立てるな!」
べろべろざらざら、犬と猫の舌で代わる代わる腹部を舐められ、カーランはわたわたと慌てふためいて立ち上がった。
「…お前なぁ…どうしてそう、しょーもない…」
「食べたいなぁと思って」
「何をだ」
「アイスとカール。一緒に」
もっとくれと足元にまとわりつく犬猫をあしらいながら、妙なことを平然と言う日向に嘆息する。
「…俺に盛り合わせるのはよせ」
「あ、勿体無いなぁ。残ってる」あらかた犬猫の舌に舐め取られてしまったものの、少々残ったものが溶けて、カーランの肌を滑って臍の辺りに落ちてきている。まだ座ったままの日向は顔を寄せて舌を伸ばした。
「…っ」
舌の先端でちろりと液体状に溶けたアイスを舐め取る。
がっついた動物達の舌とは全く別の舌触り。
食事は雰囲気から味わうものだとはよく言ったもので。
臍の周りの甘味を削ぎ取るように舐めながら、時折視線だけ上げて見せる日向をカーランは止めずに熱っぽい目で見下ろす。
ただならぬ雰囲気に、「またかこいつら」という顔で動物達がまとわりつくのを止めた。
彼らの主人とその居候の人間様は、時折彼らよりもずっと獣っぽい。
獣っぽいなどと言っては獣に失礼なほどである。
セックスを快楽の為に楽しむのは人間くらいなものなのだから。
案の定、ご主人様達はそのまま世界を逃避した。
日向は全然アイスの垂れた形跡のない下腹部にまで顔を埋めているし、カーランはカーランでシャツは胸の上に捲り上げられ、はいていた短パンは足元に落ちている、というどうしようもない格好で日向の頭を抱えている。
形良く持ち上がった臀部を日向は両手で撫で回し、割れ目に指を滑りこませてはカーランを喘がせる。
「…ヒュウ……ん、あっ」
甘い声を上げてカーランは日向の頭を強く抱え込んだ。
喉の奥へ直に流し込まれた体液を、日向は吐き出さずにそのまま嚥下した。
淡い色の茂みから顔を離し、息を弾ませるカーランを見上げて笑う。
「遊びましょう」
チョコレート味のアイスは放って置かれて程よく溶けていた。
ひと匙すくって、口に運んで舌の上に乗せると、隣から唇を合わせて奪い取られる。それを同じやり方でまた奪い返す。当の獲物が溶けてしまって、甘い香りだけが残るようになっても、唇の奪い合いは続いた。
体にまとわりつく服が邪魔で、カーランはシャツから頭と腕を抜き、短パンから足を抜いた。ついでに日向に襲いかかって服を剥ぎ取る。
お世辞にも可愛らしいとは言えない体格でじゃれ合いながら、もつれ合うように体を重ねる。床の上はひんやりと冷たく、熱い体には丁度良かった。
「…猫みたいだぞ」
やっぱり胸と腹の上にチョコレートアイスを盛り付けられてしまったカーランは、舌だけでその冷菓を舐め取る日向に向けてぽつりと言った。
「耳、つけてきましょうか?」
「…別にイイ」
猫耳だの猫しっぽだの鎖付きの首輪だの、そんなものが何故かこの家のベッド下収納には入っている。もちろん飼い猫や飼い犬の為ではない。2人の遊び道具として、だ。「…これも冷たいと夏向きなんですけどね」
「馬鹿言え」
再び緩い角度で勃ち上がったものを日向は片手で握って、カーランに微笑む。
「…知ってます?」
「うん?」
「今日、花火大会なんですよ」
「ああ……なんかそんなこと言ってたな」
「浴衣着て二人で見ましょうね」
「別に……浴衣着ること……」
「風情が無いでしょ。兄のお下がり、貰ってますから…」
「……とりあえず日向、来い」切迫した様子でカーランは言い、日向の腕を掴んでを胸の上まで引きずり上げた。触れ合った胸の間で溶けたアイスが潰れて雫を落とす。
「カール…、まだ、駄目です」
「…わかってるから、こっちに向けろ」
日向が体の向きを変えると、胸の間でぬるりとアイスが滑った。カーランは液体になったアイスを指に塗って日向の菊座に忍び込ませた。
「く…ふ……あん、あっ」
異物感と一緒に湧き上がってくる快感に、日向はカーランの胸の上で喘ぐ。
カーランの唇は、日向の裏の袋に当たっている。そこを唇で噛むように、舌先で突つくように刺激されると、居ても立ってもいられなくなる。
びくびくと震えて絶頂に駆け上がる日向を根元を押さえて止めさせ、カーランは足の間から上体を起こした。「あ、痛…や、カール…っ」
「ちょっと我慢だ」
囁くように言って、カーランは日向の腰を掴んで刺し貫いた。
「ひあ…っ、あ、ああ…っ、ん…」
床に這った格好でカーランを受け入れ、戒めも解かれた日向は息をついた。
休む間もなく律動を送りこまれて、甘い香りの滴る体を揺らす。
ひとしきりの交歓を終えると、二人はカップの半分は零れて滴ってしまったアイスのようにぐったりと床に伸びた。
「…べたべたする」
「シャワー浴びてきましょう。床にこぼれたのも拭いておかないと」
「ああ…おまえ今晩もったいないお化けの刑だぞ」
「えー?やだなあ、怖いなぁ」
笑う日向そっちのけで、カーランはさっさと裸のまま立ち上がってリビングを横断し、キッチンから雑巾を持ってきて床を拭き取って戻っていった。
表も裏も端正なその体に、日向が改めて感心していると、カーランがひょいと顔を出して眉を寄せた。
「何ひとりで頷いてるんだ」
「いや、カールの体って綺麗だなーと」
「…馬鹿言ってると蟻がたかるぞ」
どうやらさっさと風呂に入れと言うことらしい。
日向も倣って立ち上がり、浴室に向かった。
…浴室でも同じようにじゃれていた二人は、いいかげんぐったりしてリビングに戻り、今度はソファベッドに倒れこんで大人しく惰眠をむさぼり始めた。
この暑いのに湯上りの体をぺったりくっつけたまま。夜になって少し風が出た。
多少過ごしやすくなった頃、二人は起き出して花火見物の仕度を始めた。
広く作ってあるバルコニーに椅子とテーブルを出した。そこにはスイカとおにぎりと鶏のから揚げが乗った。
どうしてもこれは「花火セット」だから外せないと日向が言うのだ。
カーランが多少、この冬に家族を失った日向を気遣ったためでもある。
そして日向の兄の浴衣は、少々カーランには小さかった。
袖も裾もほんの少しずつ足りない。しかし、誰に見られるわけではないからと言って、カーランはそれを大人しく着ていた。
地上30階から見る花火は、なかなかの壮観だった。
少し音が遠いのが難点だったが、それでも夜空に大きく開く炎の花の色は十分に彼らの横顔を照らし出した。
夜空に鮮やかに浮き上がっては散り、風に流されていく炎の花。
少し遅れて届く花火の音が、胸に響く。「…日向」
「はい?」
カーランの声に日向は顔を向ける。花火の音が割って入る。
「…俺は来年もここでおまえと花火見たいんだ。駄目か?」
日向は微かに微笑んだ。
「カール、それ口説いてます?」
「…今、傍に居たいってのを蹴飛ばしてまで出て行く理由があるのか?」
「ありません」
「なら、ココに居ろ」
そう言ってカーランは立ち上がり、日向の座っている椅子の背と、日向の背の間に割り込んで腰を下ろした。背中から腕を回してぎゅっと抱き締める。
「…ご主人様命令なら、そうしますよ」
「…おまえは捨て猫とは違うだろ」
「拾ってくれたのカールじゃないですか。食事と家とセックス付きで」
「俺はおまえに拾われたと思ってた」
「私に?」
「おまえが声かけてくれなかったら、相当俺の人生味気なかったぞ」
「大袈裟だなあ…」
日向は声を立てて笑い、手を伸ばして肩口にあるカーランのふわふわした金髪を指で梳いた。
「…じゃあ、もうちょっと甘えさせて下さいね」
「甘えるのは得意だろうが」
「ふふ…そうですね」
近付いてゆっくりと結ばれる唇を、光の花が一瞬明るく照らし出した。
HAPPY END vv