恩賜
〜古代サッカーの祭〜後編
「いよいよ祭は明日に近付きました! スタッフのみなさん、今夜は早めに眠って明日にそなえてください! 戦うみなさん、両チームとも健闘を祈ります。明日からの成功を祈って乾杯!」
うおー、と盛り上がって、前夜祭が始った。
「閣下、賭けました?」
すっかり顔見知りになった連絡員の学生が寄って来て尋ねた。
「…3層の右京区を5枚買いましたよ。一応。」
ヒュウガはもともと3層の右京区の出身だった。
「3層戦だけですか?」
「君は?」
「自分は3層の左京区を2枚と2層の左京区を4枚、それに総合の左京区を6枚買いました。」
「おや、左京区贔屓ですねえ。」
「もちろんです、左京区に住んでいますから。閣下も左京区にお住まいなんじゃないんですか?」
「あー、…穴場狙いですよ。」
ヒュウガはてへっと笑った。
「…そうですね。3層の左京区のドネールとかいう巨漢がとにかく凄いらしいっていうんで、3層は圧倒的に左京区人気らしいですから。」
「へえ、そうなんですか。」
「でもわかりませんけどね、登録のメインメンバーの他に隠し玉スカウトしてるらしいです、各チーム。…あと自分が一番恐れているのは、女子なんですよ。女子って登録していないでしょう?でもユーゲントのドミニアとか、絶対に当日引っ込んでるわけないんですよ。飛び入り上等でやるし。まず絶対にでてきますよ。ユーゲントの寮は右京区ですからね。ドミニアは『チェンジリング』でしょう?実家はないから、寮のある右京区じゃないかと思うんですよね。でも、左京区ででることももちろん可能なんですけど。」
ドミニア。きいたことがある。
「あ、エレメンツの。」
「そう、エレメンツの。」
「なるほど、女子ねえ。」
彼はさらに饒舌に勝敗予想を語り、満足すると立ち去った。その背中を見ていると、また別のところへ行って賭けの話をしているようだ。ヒュウガは少し微笑んだ。忙しく働いてくれた彼が楽しんでくれているのは、有り難いことだ。
『チェンジリング』というのは『妖精のとりかえ子』のことだが、ソラリスでは地上から攫われて来た人をそんなふうに呼ぶことがある。
(そうか、ドミニアさんという人は…地上から来たのか。)
昔、身近に、地上から来た友人がいたことを思い出し、パーティー会場でふとカーランを探したが、まだどこかで準備に奔走しているのか、その姿はどこにも見当たらなかった。+++ 一日目のゲームは第三市民層で行われた。
ソラリスの重力はそもそも地上とは逆に設定してある。それを上手く加減し、丁度浮かぶくらいに調節した。カーラン・ラムサスが言い出したあの案だ。3層はドーナツ状の町なので、その地上まで吹き抜けのまん中部分をなんとかする必要があり、結局その中央部分だけネットを貼り、かつ無重力案を採用することで対応した。これが案外とあたり、重力のない部分と周囲の重力のある部分との境目でプレイは予想を裏切るブレイクを起こし、そのたびに観衆ももりあがった。単に無重力で遊びたいやつも含めて飛び入りが続出し、会場は大混乱になった。
ボールはゆるゆると回転する巨大なスクラムの中で一進一退を2時間ほどくり返していたが、買い物帰りの主婦がたまたまとんできたボールを「きゃあっ!」と買い物袋でなぐりつけたために脇の小道に転がり込み、そこに3層の猛者たちがどっとなだれこんだため、TV局が一瞬ふりきられた。別のルートから出て来たボールを髪の長い、わりに細身の男が思いきり蹴って右京区のゴール近くへ飛ばした。
「あれっ!?」
思わずヒュウガは画面に近寄ったが、そばにいた学生は首をかしげた。
「…どうなさったんですか?」
「今の見ました?」
「いいパスでしたね。通りすがりかな。ハチマキなしで…あ、ゴールだっ!!」
ゴールが決まって実行委員の控え室もわーっと沸いた。だがヒュウガはだーっと冷たい汗が流れるのを感じた。
(…か…カレルレンだった…。)
「まだ4時ですね!じゃあまた中央広場でトスからだ! まけるな左京区っ!!」
そう叫ぶなり彼はすっとんで行った。
(…髪まで染めて…)
3層で絶妙なパスをゴール前に上げたカレルレンらしい人物は、長い髪を3層らしいインディゴに染めていた。…ヒュウガは思わずこめかみをマッサージした。+++ 一日目は結局1ゴールで終わった。3層の試合は右京区の勝ちで、得点数は1ということになった。これで2層の左京区は、勝つ為には2点以上ゴールしなければならないことになった。
ヒュウガが器物破損だの傷害だのの被害届の整理に忙殺されているところへ、カーラン・ラムサスが帰って来た。
「あ、カール。おかえりなさい…って、あれっ?どうしたんです、通行人の整理でもしてはじきとばされたんですか?」
なんだか妙にもみくちゃにされてきた様子だった。
カーランはそれには答えずに、誰かに電話をかけた。
「…ドミニア、明日は…」
相手はドミニアらしい。ぼそぼそと指示を出し、通信を打ち切った。
「…大丈夫ですか。けがはないですか?被害届だしますか?」
「いや、別にケガはしていない。」
「3層へ行ってたんですか?」
「ああ。重力調整の言い出しっぺだからな。調整していた。」
「お疲れ様です。」
「…シャワー借りていいか?」
「ああ、どうぞ。」
しばらくしていつもの学生の彼がやって来た。
「リクドウ閣下、お疲れさまで〜す。ひえ〜。」
「あ、お疲れさま。どうしたんですか。よれよれですね。」
「いや〜自分あのあとスクラムに参加してしまいました〜」
「おやおや。こわくなかったですか。3層で。」
「いやもうだって左京区が勝ってくれないと〜!…だめでしたけど。閣下は当てましたね。」
「ええ、当たりましたね。嬉しいです。」
「3層の連中、よく躾けられてますよ。倒れたやつがいたら助け起こしてましたし。折り重なりそうになったら自主的にゲームを一時中断してね、みんな大丈夫か確認してから再開したりして。」
「そうですか。被害届もそんなに深刻なものはないんですよ。けがといっても突き飛ばされてころんだ、とか、やくたいもないものばかりです。全部で30件。」
「…あの小道に入っときね、なんかあったらしいですよ。さっき3層の飲み屋に入って小耳にはさみまして。」
「…ほう?」
「なんかみんなの頭を飛び石よろしく踏んづけて走って行ったらしいですよ、あのパスだした人。…閣下はあの人お知り合いなのですか?」
ヒュウガはトボケた。
「へえ、頭をね。凄い運動神経ですねえ。…いえ、あの方凄い髪だな、と思って。それであなたに見たかどうか聞いたんですよ。」
「3層にいるなんて勿体無いですねえ。」
「そうですねえ。」
「じゃ閣下、また明日!…あ、自分明日は登録メンバーですので、こちらに来るのは夜になります。」
「あ、そうでしたね、ご苦労様。明日は頑張って下さいね。」
「はい、有難うございます! では失礼します!」
学生が出て行くと、ちゃんと着替えを用意してあったらしいカーランが着替えて出て来た。髪がぺたっとなって、なんとなく「産まれたてのひよこ」みたいになっている。
「…小道にいたんですか?カール。」
「…聞くな。」
「…あれ、カレルレンですよね?」
「…聞くなと言っている。」+++ 2日目は2層市民街を会場に試合が行われた。
この日は天帝カインが天覧席に姿を現し、最初のボールを中央広場に投げ入れる役を果たした。それだけで会場は大いに盛り上がった。最初にそのボールをヘディングしようとした何人かが思いきり頭をぶつけ、そのうちの2人の額やら頭やらが割れて流血沙汰になった。
戦線から担ぎ出されるけが人を他所に、ボールの周りは何重にも取り囲まれ、ゆるゆると回転しながら右に左に揺れ動いた。
ヒュウガは天覧席で天帝につきそい、その高い位置からぐるぐると渦をかく人間の群れを見下ろしていた。
「…卿、昨日はテレビの中継を見たかね?」
ヒュウガは話しかけられて振り返った。
「…はい、陛下。」
「…そうか。ではカレルレンを見たであろう。」
「陛下もご覧になられたのですね。」
「うむ。…元気だな、あの男は…。」
「そのようですね。」
「…卿が活躍しているところが見たい。」
「…は?!」
「…2度は言わぬ。」
ヒュウガは青ざめた。
「…で…ですが、わたくしは色々用が…それに陛下のおそばにおりませんと…」
「世のことはかまわずともよい。…どうせここに詰めておっては他のことは何もできまい。看護ロボットの一つもあればここは足りる。卿の住まいは左京区だったであろうか?まあ、どちらでもよいが、行って、一点なりとゴールを決めるなり、煮詰まった状況をブレイクさせるなりして見せよ。命令である。」
「ぎ…御意。」
ヒュウガはとりあえず頭を下げた。
それから再び人間の渦を見下ろした。
…これはシェバト陥落より難しいかもしれない。
それでもヒュウガはその場でエレガントな白い上着を脱ぎ、眼鏡をはずした。+++ 2層の町は二重構造になっている。ゴールは上層地区に置かれているが、ボールが投げ込まれたのは下層で、現在もボールはまだ下層地区を右往左往している。プレイヤーはエスカレーターやエレベーターを使うか、階段をのぼるかしてボールをはこびあげなくてはならない。…そして2層の祭は、祭というより「戦い」の様相を強くしていた。どうも最初の流血でエキサイトしてしまったらしい。
ヒュウガは上層までなんとか下りてきたものの、人込みがすごくてなかなか下層に近付けなかった。町は熱気でむんむんしていて、興奮気味に騒ぐ市民の声で会話も通りにくい。ヒュウガは街角の公共放送で試合運びを確認しながら、人をかき分けて下層を目指した。エレベーターは順番待ちの長い行列ができていた。いそいで階段のほうへ行ったが、こちらもごった返している。
「階段に整理をいれないと将棋倒しになりそうだな…。」
ヒュウガは実行委員会の控え室に連絡をいれたが、もののみごとに誰もいなかった。
「えーと、じゃあ、セキュリティマシン。」
手許のごく小さな端末から設定をいじり、階段整理に呼び寄せることにした。階段のそばで端末をひっぱりだしていると、肩をたたかれた。
「来たか、ヒュウガ。」
「カール!」
「さっき下層にドミニアを入れた。じきにボールがあがってくるぞ。」
「え!あの渦巻きに女子を?!」
「心配ない。…なにしてるんだ?」
「セキュリティマシンをよんで交通整理しようと思って。」
「そうか。ならいそげ。」
設定が済むと、カーランはヒュウガをひっぱっていった。螺旋の飾り階段の上だった。
「…螺旋階段を蹴り登るのは大変ですよ。エレベーターのほうが…」
「さっき確認したが、エレベーターのほうはものすごいディフェンスが入ってる。あれは無理だ。」
「でも…あ!」
階段の上から下を見てヒュウガは納得した。
「…なるほど…でも、こんな高さを…飛ばせますか?」
「うむ、俺もそれが心配だったが、ヒュウガがいればできるだろう。まん中らへんで中継してくれないか?」
「!なるほど、やってみましょう。…真上、ですね。…いや、できないとか言ってる場合じゃない。」
「このままでは左京区はまけるぞ。絶対にチャンスをのがすな。おれは上にいる。俺にまわせ。今日こそ目にもの見せてくれるわ!」
ヒュウガは螺旋階段をまん中あたりまで下りた。…螺旋階段の中央は、円形の吹き抜けになっている。ここを通してボールを一気に上層に上げるというプランだった。
やがて人間の渦巻きが近付いてきた。
「よし!いいぞ、こっちに来い!」
思わずヒュウガが言ったとき、渦の下に隠れていたボールが上にぽーんと飛び出した。
「ブレイクだっ!」
テレビからアナウンサーの声が響いた。
すると人間の群れの中からひゅいっ、と美しい影が頭一つ飛び出した。そしてボールを手で掴んだ。
「あっ!」
女だ! …少し浅黒い肌をした、大柄な美人だった。
ボールを抱えたまま、彼女は渦の中に消えた。そしてほどなく「行ったぞ!」「どこだ!」と口々に叫び声が響いた。ヒュウガは目を凝らして集団を見つめた。…と、足下から彼女がさっと抜け出した。どーっと集団が彼女に傾く。すごいスタートダッシュで彼女はそれを振り切った。ギャラリーもプレイヤーも物凄い声を上げた。町がどっと揺れた。彼女は歓声の中、階段の下にたどりついた。
「ドミニアさん!ここです!」
ヒュウガが叫ぶとドミニアはぱっと顔をあげ、すかさずボールを蹴り上げた。ボールは見事に中央の吹き抜けを直進し、ヒュウガの手にころがりこんだ。
「でかしたぞドミニア!」
頭の真上でカーランが歓声を上げた。ドミニアの嬉しそうな顔があっというまに駆け付けたプレイヤーの中に消える。ヒュウガは落ち着いてボールを蹴り上げた。ボールはうまく上の階に届き、カーランの元に行った。カーランはボールを味方に蹴った。
「ボールが上層にあがりましたっ!」
アナウンサーの叫びとともにカーランが画面に映った。カーランが画面に叫んだ。
「よし! 来い! いそげっ!」
ヒュウガは階段を駆け上がった。下層からどっとおしよせるプレイヤーと観客に潰されないように急ぐ。ドミニアは波にのまれてしまったようだ。その猪のように駆け付けるプレイヤーたちの勢いは恐怖を覚えるほどのものだった。ゴールのある区画に向かって一目散に飛んでゆくボールに敵味方入り乱れて追いすがる。
くそう! させるか! という声に思わず振り向くと、そこにいた若者が突然靴を脱いで天上にぶつけた。ぶつかったところはスプリンクラーだった。突然警報が鳴り響いたかと思うと、スプリンクラーが水を吐き出した。
「うわ!」
一つが作動すると近隣のスプリンクラーがすべて作動する。その仕組みをしっていたらしい。ヒュウガはずぶ濡れになりながらその人物の服のすそを掴んだ。
「まちなさい! 軽犯罪法違反ですよ!」
つべこべ説教しようとしたのがまちがいだった。その人物は思いきりヒュウガを蹴りつけた。
「放せ! 忙しいんだよ!」
「うっ!」
突然のことで受けきれなかった。目が回った。…が、手は放さなかった。
「わたしだって忙しいんですよ!」
思いきり引き倒してセキュリティマシンに預け、ヒュウガはまた走り出した。テレビをみるとボールはかなりゴールの近くまで運ばれている。プレーヤーもボールもびしょぬれだ。わらわらと駆け寄りすってんすってん転び、ボールもあらぬ方向にとんでゆく。画面の端にカーランがとびこんだ。
「がんばってえ! カール!! キメろー!!」
思わずTVに渾身の力で叫んから、ヒュウガはスピードを上げて猛然とゴール方面へ走った。+++ ゴールの区画にはどんどん人間が集まり続けていた。滑って転んだ人間につまづいてつぎつぎ折り重なってもゲームが止まる気配はない。ヒュウガは体当たりするようにして人をかきわけながら事故現場に辿り着き、まずボールを掴んで他方向に放り投げた。どっと人間が移動したところで、倒れて折り重なっている人間をほどく。
「しっかりなさい! はやく起きなさい! 一番下の人が死んじゃうでしょ! ほらどけて! 立って! 急いで! ああ、あなたが一番下ですね?大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。ボール…ボール!」
下敷になっていた人間が起き上がって人をかき分け、ボールに向かって走る。ヒュウガもそっちに走った。
ボール周辺のスクラムに、カーランの淡い金髪は見当たらない。どこかでチャンスをうかがっているのだろう。
スクラムの周辺部分に威嚇するような声が響いて、売り言葉に買い言葉、殴り合いがはじまった。誰も止めるものはいない。ヒュウガは舌打ちをしてまた体当たりして人をかきわけながら近付いた。
「何をしているんですか! 殴り合ってる暇があったらボールを追いなさいっ!」
力まかせに2人を引き離して一人はそっち、ひとりは向うに追いやる。
「おい踏むな! 誰かたおれたぞーっ!」
ヒュウガは今度は慌ててそっちへ出かけてゆき、のぼせて鼻血をふいている男を回りと協力して外に運びだす。その間もゲームは続いていてとぎれることがない。
「…ったく、上級市民ってほんっとーに人でなし揃いだなあ!」
「ああ、3層の連中は安全第一でやってたが、こっちは戦争だな。」
よく見ると一緒に救助をしていたのは2層の統括官…いわば町長さん…だった。ヒュウガは苦笑した。
「こりゃ、終わったら死人がいるかもしれませんねえ。」
「…ゆううつだ。…ところで君だれだっけ。顔、見たことあるような気がするが。」
「あ、わたし、リクドウです。陛下の側近の。」
「ああっ?!こ、こりゃ失礼いたしました!」
「いえいえ、お気になさらず。さっき水かぶっちゃいましてね、あはは。」
けが人が運ばれて行ったところへ、カーランがあらわれた。
「…ヒュウガ、ゴールの右手にまわりこんでくれないか?ショッピングカウンターがあるだろう。あそこ、中から上の窓のところに上がれるんだ。窓のところは喫茶店になってる。…窓をあけて待機しててくれ。俺がボールを回すから。…このままじゃガードが固くてゴールできない。ボールを受け取ったらあの窓からゴール前に飛び下りろ。」
ヒュウガは目で高さを計った。…確かに不可能ではない。上の窓、のあたりは中2階といった高さだ。
ゴールは、直系1メートルほどの円盤状の的のようなもので、そこにボールが当たればいいことになっている。円盤の前には今は敵方がみっしりはりついていた。
「…ケガ人出ると思いますけど。だって危ないってさけんだって、あの鮨詰め状態じゃよけられませんよ。」
「ああ、お前にボールを回すまえに、少し散らす。心配するな。」
「…わかりました。」
町長があきれ顔で2人を送りだした。「…がんばれよー。」心無しか声がうつろだ。
ヒュウガはゴール広場を大きく回ってショッピングカウンターの中に入った。階段を登ると確かに喫茶店になっていて、ロボットが「いらっしゃいませー」と言った。ヒュウガは少し考えて、「クリームソーダ」と頼んだ。そして窓のそばの席につくと、勝手に椅子の配置を変えて窓を開けた。広場を見下ろすと、カーランがボールに向かってサメのように突き進んでいくのが見えた。少し高いだけで、熱気は何倍も濃い。
届いたクリームソーダの代金を先に払ってしまうと、ヒュウガはせっかくなので一口飲んだ。炭酸水の爽やかな甘味が頭を幾分冷やしてくれた。外ではカーランがボールに近付いている。ついでなので白いアイスクリームを食べた。ウマイ! こんなに食べ物がウマイと思えるのは久しぶりだった。
カーランがボールを掴んだ。あっという間に回りを押し固められてしまう。苦しそうな顔になる。それでも強引に人垣を突破しようとする。回りはさせまいとする。…散らすのは無理かもしれない。ヒュウガは窓から身を乗り出して備えた。そのときだった。
「閣下!」
鋭い声がぴいんと響いた。カーランは迷わずにそっちへボールをロングパスした。ヒュウガが思わず目をやると、ドミニアがイルカのように美しく、高々とジャンプしてボールをとっていた。
「しめた!」
一気に人垣が動いた。ヒュウガは窓のさんに乗り、ドミニアに手を振った。
「ドミニア! 右だっ! 右っ!!」
カーランが叫んだ。ドミニアはヒュウガを見つけ、人垣を十分に引き付けてから、力強いパスをヒュウガに放った。
「ナイス!」
ヒュウガは飛び出してそのボールをとるなり、
「どけろーっ!!」
と叫びながら思いきりゴール前に飛び下りた。
「ゴールだっ!!」
至近距離から的にボールを叩き付けた。
ボールは大きな音を立てて跳ね返り、どっと沸いた歓声の中でテレビがゴール成立を叫んだ。+++ 二日目の試合は左京区がヒュウガの1ゴールを記録して、終わった。
3層と2層をトータルすると、1対1の引き分けだった。
天帝陛下はことのほかのおよろこびで、終了式に予定にないお誉めの言葉を下さった。そして戦勝祝いの酒を両方のチームに支給することとし、ゲームに使われたボールをお手元にご所望になられた。このことは両チームに大変に喜ばれた。
喜んだのは陛下ばかりではなくて、自分の作戦で同点にまで持ち込んだカーランやら、カーランの右腕としていかんなく実力を発揮できたドミニアやら、なぜかカレルレンやら(髪はもう元に戻っていた)、そのほか、もちろん3層戦で活躍した第三市民も、御機嫌だった。
苦情件数は二日間の合計でのべ659件(実は法院が対応)、負傷者123名(うち、重篤な者2名)、器物破損被害届12件(意外に少ない)、軽犯罪逮捕者(スプリンクラーを故意に誤作動、喧嘩、傷害、他)6名…といった「ばか騒ぎ」だったが、幸い死者は出なかった。
ヒュウガが後始末に奔走したあと執務室に戻ると、カーランや学生ボランティアに「わー!!」と胴揚げされた。ドミニアは女の子たちのアイドルになっていてひっぱって来そこねた、とカーランは言っていたが、ぬれて乾いたしかも眼鏡も上着もなしのぐしゃぐしゃの風体で女の子と祝杯をあげるのも恥ずかしかったので、丁度いいといえば丁度よかった。「すごいプレイだったとよろしく伝えてください。いつかどこかでまた共に戦いましょう、と。」とカーランにドミニアへの伝言を頼んだ。後片付けやら準備の疲れも忘れてヒュウガの執務室は夜明けまで盛り上がった。+++ 夜のうちにいつもどおり清掃マシンが走り、翌朝にはもう、まちはいつもどおりになっていた。昨日あれほどの騒ぎがあったのが、まるで嘘のようだった。
カーランは皆が帰った後もヒュウガの部屋に残り、2人は昔よりもよほど子供じみた態度でくり返し試合の話で盛り上がった。やがて朝日がのぼったところで、名残り惜しくも別れを告げて、カーランは持ち場へ戻って行った。
ヒュウガはしばらく光り輝く朝日を見つめながら、ぼんやりと「恩賜」という言葉を思い浮かべていたが、やがて身支度を整えなおして、やはり自分の持ち場へと向かった。
天帝カインはまだ眠っていた。ヒュウガは天覧席であずけた上着と眼鏡を自分で探し、静かにいつもの姿にもどった。自分がいない間に控えの部屋が散らかっているということも別にない。強いていえば自分あてのメールが少し、ここの端末にたまっていたが、どれも礼状や挨拶状の類いだった。端末が動いているのを嗅ぎ付けたのか、カレルレンからコールが入った。
「やあ。御苦労だったね、リクドウ君。」
「…御活躍拝見いたしましたよ、閣下。」
「なに、君に比べれば地味なものさ。…もう少し後始末がごたごた続くだろうけれど、よろしく頼むよ。」
「はい。」
「…君が活躍したので陛下はとてもお喜びだったよ。」
「…おそれります。」
なぜこんなことを…そう聞きたい気持ちは、ヒュウガの中にはもうなかった。
来年もやれと言われたら、多分、今年よりもっと喜んでやるだろう。
きっと、カレルレンの昔日の思い出のなかにも、祭りのゲームのあとのこんななんとも言えない満ち足りた感覚があったにちがいない。だからあんなに乗り気だったのだ。
「…では気持ちも新たに、また日々がんばって仕事してくれたまえ。」
「はい。ありがとうございます。」
通信はそれだけで切れた。
しばらくするとカインが目を覚ました。
「お早うございます。」
ヒュウガは深く頭を下げた。
「…ああ、卿か。昨日の今日なのに、御苦労だね。…起こしてくれ。」
老人は静かに言った。 ヒュウガはその沢山機械のつまった重い体を抱き起こし、着物を着せて車椅子を兼ねた玉座に座らせた。
「…この2日間はとても楽しかった。とくに、昨日はよかった。卿の類い稀なる活躍、世は大変に満足である。」
「…有難うございます。もったいなく存じます。」
「貰ったボールに、記念の装飾をほどこし、飾っておきたい。誰か絵心のあるものを探してはくれまいか?」
「御意、陛下。」
「それが済んだら今日は休んでよい。」
「陛下…」
ヒュウガは遠慮がちに言った。
「…よい日を有難うございます。」
ヒュウガが頭を下げると、カインは言った。
「…世は命じただけである。作ったのはそなたたちである。」
そして、満足そうな溜息をついた。
第一回古代サッカーの祭はこうして幕を閉じた。
カールをかっこよく書こうと思ってさんざん悩んだ結果、「やはり彼が無条件に有能でオトコマエなのは戦場だろう」ということになり、ワールドカップにも便乗して古代サッカーをソラリスで再現してみました。ゲ−ムはサッカーというよりラグビーに近いものです。
24000HIT THANX! 小巻あらた様に捧げます。