検診


 呼び出しはいつでもたいてい急だった。
 忙しい摂政閣下が「急な呼び出し」などというスケジュールをそうそうたてるはずはないから、多分向こうは一ヶ月前から決めているはずだ。だがこっちが知らされるのは、いつも前日か下手をすれば当日だった。
 そういうときこちらはあらゆる義務を免除され、スケジュールを白紙撤回させられる。
 そののちに、医局の隅で下着の果てまで脱ぎ、たった一枚の白い貫頭衣に着替えなくてはいけない。そして明りの照らす台にのせられたり、透き通って光を放つ水槽に浸けられたりして、その時間を過ごす。検査や実験はときとして苦痛を伴い、終わると喩えようのない疲労感をおぼえるのが常だった。
「カーラン・ラムサスです。」
「…入りたまえ。」
 カレルレンはひっそりと応えた。
 …その女のようなはんなりとした立ち姿を、ずっと昔から知っている。
 白っぽい髪や、遠くを見ているような瞳や、…その冷たい声も残酷な言葉も。
 人間長生きし過ぎちゃいけませんよねーっ…と、カレルレンのことを、ヒュウガはよくそう言う。
 それがどういう意味なのか確かめるのも嫌なほど…自分がカレルレンにふりまわされていることを、自覚していないわけではなかった。
 青い指揮官の制服を脱ぎ、一人の…いや、一体の被検体として貫頭衣に手を通すとき、…カーラン・ラムサスはいつも動揺せずにはいられなかった。
 あの男、全部知っているくせになぜ言わないのだろう。
 なぜ…一度捨てた自分を、また泳がせているのだろう。
 いつまで自分は生かされているのだろう。
 前途ある少年を食い殺してやっとどうにか生き抜いた自分の命は…その運命は、相変わらずあの男に握られたままだ。
 いつまで繋がれたままなのだろう。
 宙吊りにされているような気がする。
 …不安だった。
「…とりあえず基礎検診するから、その台に横になりたまえ。」
 ぼんやり立ちすくんでいると、カレルレンはそう言った。
 のろのろと指示に従う。
 その緩慢さは、ソイレントの緑色の連中と何もかわりはないと…自分で感じた。
 (ゲブラ−の指揮官が、聞いて呆れる。)
 そんな自分の心の言葉が、自分を苛む。
 足下からスキャナが登って来て、顔の上を通過していった。
 カレルレンが近付いて来て、上のほうのボードに現れたデータを確認する。
「…消化器系にトラブルはないかね?」
 静かに尋ねられる。
「…いや。別に。」
 体の中までいじられたくなかった。胃はよく「やられる」ほうのタイプなのだが、嘘を言った。
 カレルレンの手が肩のあたりに来て、服を脱がせた。診療用の貫頭衣の下は何も着ていない。…秘密を暴かれて行くような、嫌な気分だった。
 いつも自分はこうして裸にされて触られたり水に浸けられたり針を刺されたりしているのに、この男は白衣もつけずに、いつもの執務用の格好のままだ。…片手間、なのだ。
 カレルレンはところどころ脈を押さえながら、胃の辺りに手を持って来た。
「…このへんだが?」
「…別に。」
「…穴があいてからでは遅い。」
「…何もトラブルはない。」
「…よかろう。」
 カレルレンはふんと笑って、データに何かを打ち込んでいる。
「…じゃあそのままこっちへ。」
 …人間て、医局では「物」なんですよね。「対象」って言えばいいのかなあ。とにかく、いわゆる人間性というものがはく奪されて、…つまり温かい息をする動く不思議、から、酸素を吸って二酸化炭素をはく精密なメカ…になるわけです。
 それはヒュウガがメカフェチだから吐いた発言ではない…そう思えた。…むしろメカフェチが吐いたからこそ、罪のない言葉になった…とも言える。
 裸のまま研究室を縦断する。
 それでも普通の医者なら、「これから何を調べます」とか「何についてのデータをとります」とか一言あるのだが、カレルレンはいつでもまるで知らぬ顔で…。
 椅子にかけると、頭に脳波測定用の電極をつけられ、腕にはなにかを巻き付けられ、目の動きを測定するカメラを設置され…。
 色を見せられて残像の色を尋ねられる。
 何のテストかまったくわからなかった。
 …不安がつのる。
 その不安こそが、自分を苛んでいるのだ。カレルレンは実際の所たいしたことはなにもやっていない。
 …わかっているのだが、手のひらや足の裏に冷たい汗をかいてしまう。
 そのとき見すかしたようにカレルレンが言った。
「…いつも心配そうにしているな。昔からさっぱり進歩しない。」
 どきっ、とした。
 その「昔」というのはいつのことを言っているのだろう。
 まさかリアクターの中で胎児だった頃のことだろうか。
「…気にさわったようだな。データに支障が出てしまったから、少しやすむことにしよう。」 
「…何の実験なんだ?」
「今…この残像実験は右脳と左脳のバランスを調べているんだ。いっぺんに78種類の身体波長のデータをとってる。」
 カメラをそらされて、いささかほっとする。
 部屋は温度や湿度が保たれていて裸でも寒いということはなかったかが…もし何か着ていられればもう少し落ち着くのに、と思った。
 カレルレンは気を遣うつもりはないようだった。
 少ししてカメラは戻され、検査だか実験だかは再開した。
 そして色が終わると、今度は画像になった。
 動物の写真やイラスト、食べ物や生活用品といった身近なものから、まったくの抽象画像、あるいはデザイン的な柄などを見せられ、物の名を尋ねられたり、想像する概念・テーマなどを答えさせられたりした。
「この動物は実物を見たことはあるかな?」
「ある。」
「この動物を見た時がどのくらい前が思い出せるか?」
「…5年ほど前だ。」
「…では次。」
 新しく現れた画像は、裸の男女が絡み合っている写真だった。
 …びっくりした。
「…この体位の名前は知ってるかね?」
 …物凄く動揺した。
「…え、な、なんなんだ、いきなり。」
 突然自分が裸のままなのを思い出し、更に動揺した。
 今更こんなものくらいで動揺するなんてどうしたんだ、もっと凄い体位だっていつもやってるじゃないか…という我が身への叱責が頭をぐるぐるまわったが、なかなか冷静になれない。
 カレルレンは至って冷静だった。
「…この体位の名前は?」
「き…騎乗位。」
「…しってるんじゃないか。」
 つまらなさそうに言われて、さらに混乱がひどくなった。
「な…何の検査なんだカレルレン!」
「…生殖機能…」
「余計なお世話だ!!」
「…を検査しているわけではなくて、記憶を引っぱり出すときの脳の動きをチェックしているんだ。食べ物の想起と生殖関係の想起については健康ならば大脳皮質の旧のほうが動くはずなんだが。」
「…くっ…」
「…じゃあ次。」
 次の写真は今まさに…な、男女の局部写真だった。
 …頭からざざーっと血が引いていった。
 カレルレンは至極冷静に男性の性器のごろごろしたほうをカーソルで指した。
「…この部分の名称は?」
 絶対にからかわれている、と感じた。だがあんなに理路整然といわれると、「ふざけるな」とも言えない。
「…こ…睾丸。」
「…照れるほどのことか?君にもついてるだろう。」
「…くっ…もういい加減にしろ、カレルレン。…早く変えろ、画像。」
 カレルレンは平静そのものの顔でちらっとデータの波を確認した。それががしゃがしゃに乱れているのを見て、なにやら「ふーん」といった調子でうなづいた。
「…じゃあ次。」
 画像が切り替わった。
 若い亜人のかわいらしい娘が全裸で足を広げている写真だった。修正などもちろんはいっていない。牛のような尻尾がついていて、太腿から下と両腕が白黒のまだらの毛皮になっている。胴体や顔は完全に人間で、すばらしく豊満な乳房をしている。…これはキた。実は亜人は好きだ。
「! …いい加減にしてくれ!」
「…動くな。カメラがずれる。…好みか?」
「それが何なんだ!!」
「…そうか。好みか。」
「もうヤメロ!」
「…じゃあ次。」
 今度はその少女が口にナニを含んでいる写真だった。
 だんだん、体が心配になってきた。…ありていにいえば「勃っちゃいそう」だったのだ。
「…こういうの、やってもらったことは?」
 ぐっっとつまった。
 なまじのうそ発見機なぞハダシで逃げ出しそうなすごい観測器機をつけられている状態だ。嘘か本当か、わかってしまう。
 もちろんカレルレンがこの検査で知りえたことを外部に漏らすことは法律上はできない。だから多分しないだろう。この男が法律なんか屁とも思っていなくても、面倒を嫌って多分しないはずだ。だからたとえ「これ」をやってくれたのがミァンでないとバレても、心配はいらないだろう。…多分、いらないだろう。
 …でも本当に心配ないのだろうか?
 …他人に漏らされなくても、この本人にさんざん利用されることは必ずしも無いとは…。
「そんなこときいてどうするつもりなんだ。」
「恥ずかしいことをきかれたとき脳がちゃんと機能しているか調べてるんだ。…これをやってもらったことは?」
「…ある。」
 答えてがっくり首をおとした。
「…もうやめてくれ。なんでこんなことを答えなきゃならないんだ。」
「…じゃあ次。…ラムサス君、顔をあげたまえ。カメラから外れてる。」
 いやいや顔をあげると…次の写真は、かなり抽象的な図柄だった。
「…何に見える?」
 …絡み合ってる体の一部分にしか見えなかった。適当に嘘を言った。
「…焼きかけのパンケーキ。」
「…他には?」
「…床にこぼした水。」
「…じゃあ次。」
 次の写真はまた絡み画だった。今度は絵だった。
「いい加減にしろ! カレルレン! 犯すぞ貴様!!」
 思わずそう怒鳴ると、カレルレンは目を細めてバカにしたように笑った。
「お前が私をか?ラメセス。」
 …「昔」の名前が、頭のなかを真っ白にした。
 暴力的な衝動が吹き荒れ、やや少したって気がついたとき、すでに床にカレルレンを押し倒して腕をねじ上げていた。
 カレルレンの服はびりびりに破けている。
 ふと動きを止めたせいか、カレルレンが食いしばった歯のすきまから唸るように言った。
「…このクソ力め…。」
 …顔に血がついている。
 今更引っ込みはつかない。
「…姦ってやる…」
 低く唸り返して、更に残った服を引き裂いた。
 いつもいいように弄ばれて溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのには思いのほかによい趣向かもしれない。…決心して、裂けた服の残骸の中からカレルレンの体をひっぱりだすと…想像していたような肉体ではなく、輝くほどに美しい、少女のような張りのある肢体が現れて、…驚いた。
 どうやら床に倒したときにカレルレンはしたたか頭を打ったらしい。そのうえに、入れた当て身もどうやらきっちり入っていなかったらしかった。気絶もできずにかなり「最悪」にぐったりしたカレルレンは、さして抵抗しなかった。
 その白い足を掴んで持ち上げ、肩に担ぎあげると、視覚刺激と暴力衝動ですっかりできあがっていた準備万端のものをぐいぐい突き入れようとしたが、その白い尻の間はかたく閉ざされていた。指を舐めて挿してみる。
「う……」
 カレルレンは痛みに呻き、身じろぎしたが、その抵抗はわずかだった。
「…あんたを犯すのか。ふん、悪くない。」
 そう声に出して言い…指を増やし、抜き差しする。
「…たまには誰かと楽しめ、これじゃ入らんぞ。」
「ああっ…や…やめろっ…この…塵が…っ」
「…塵は塵箱へ捨てろ。ちゃんと燃やしてな。それでないと成り上がって逆襲するぞ。…後悔させてやる。いい気になりやがって…こんな尻しやがって…カレルレンめ。塵だと?ほざいてろ。」 
「あーっ!!」
 かなり無理矢理突っ込まれてカレルレンは悲鳴をあげた。みるみるそこが裂けて血が溢れる。獰猛な悦びが体を駆け巡り、一層、そこを強くした。
「…あんた尻きれいじゃないか。…犯されて、いい格好だ。」
 そう言って白い尻をいやらしくなでまわす。カレルレンは逃げようとしたが、そのからだはわずかによじれただけだった。
「…穢れろ、お美しい天使様。ハハハハハ!」
「やめろっ!」
 激しく突き上げると、カレルレンは悲鳴をあげた。
 部屋は実験用に防音設備がはいっている。いつもここで実験されている人間の声がどこにももれずにいるように、今日のカレルレンの悲鳴も白い壁に吸い込まれてきえるだろう。笑いがとまらなかった。血の色が更に欲望を駆り立てる。この体はいつも自分に不安と恐怖を与えて支配しつづけてきたあいつだ! 
 深くつきあげたそのときに…中に、出した。カレルレンのとりすました平静を、その静かな魂を精液で濡らす悦び。
 …ゆっくりと身をひきはがしたとき、カレルレンはまだはあはあと肩で息をついていた。…言葉は何もない。あげ過ぎた悲鳴で、おそらく声も掠れているだろう。あちこちに血がついている。
 ふと自分の体にまだまとわりついていた観測器機に気がつき、無造作にむしりとった。カレルレンを強姦したことに、恐ろしいほど大きな満足感があった。そうか、こうすればよかったのか…そんな気がした。
 裂けた服の断片と壊れた器機が散らばる実験室の床で、2人はしばらくそのまま呼吸していた。
 ちょっとキスぐらいしてべたべた甘くなってもいいような気がしたが、カレルレンに殺されるかもしれない、と思い直し、お楽しみはあきらめた。その向こうを向いたままの白い背中にちょっとだけ口付けて、終りにした。…そう、もともと、セックスそのものよりも裸でべたべた甘えるのが好きなのだ。だがよく考えれば、強姦相手にやるのはいくらなんでもお門違いだろう。
 立ち上がって寝台のほうへゆき、そこに残っていた貫頭衣を身につけた。
 まさか実験の続きはしないだろう。
 何事もなかったような顔で、ラボをあとにした。
 しばらくしてカレルレンは床から起き上がり、よろよろと流しまで歩いた。
「…つ…。…健康診断くらい楽しくできないのかあいつは…。」
 頭を強打したせいか当て身が外れたせいか、めまいがひどい。
「…背中にチューして許された気になるなよ 実験動物… みてろ…」
 毒づくと激しい頭痛とともに吐き気がして、カレルレンはシンクにしがみついて呻いた。
 

+++

 何の音沙汰もなく、数日が過ぎた。
 カーラン・ラムサスは忙しさのせいもあって自分がゃった蛮行のことなどケロリと忘れ、清清しい日々を送っていた。
 いつになく元気な上司をいくばくか不審の目をもって傍観していたミァンは、彼あてに届いた郵便物の一つにふと目をとめた。差出人名がなく、法院の機密親展スタンプが押してある。ミァンはこの種のものは法院ではなくカレルレンから来るということをちゃんと心得ていた。
「…そういえば健康診断をしたばかりだったわ…」
 ふとつぶやいて、ディスクを端末に滑り込ませた。すると、なぜかパスワードが要求されて、データがひらかない。
「…随分厳重ね。」
 解除用のソフトを立ち上げようとしたところ、上司の帰還シグナルが点灯したので、止めて、ディスクを元に戻した。
 やがて本人が部屋に戻って来た。
「お帰りなさいカール、なにかディスクがとどいているわ。」
「あけてみたか?」
「パスワードがわからなくて。」
「どれ。」
 彼はミァンの代わりに端末の前に座り、…画面を見て、ふと手をとめた。
 そして封筒を手にとると、少し考え、ミァンに言った。
「…そうだミァンその前に、済まないが禿げどものところへ行ってキスレブ国境の警備記録を半年分もらってきてくれないか?午後の作戦会議で使うから。」
「わかりました。」
 ミァンは部屋を出た。
 しばらくして戻ってくると、カーラン・ラムサスは端末の前で凍っていた。そしてミァンの顔をみるなり、なにげないふうを装って見ていたものを終了させた。
「もらってきました…どうしたの?カール。」
「いや…なんでもない。」
 そのときを境に彼はしばらく止めていた薬を飲むようになった。
 気掛かりになったミァンは、本人不在のときに例のディスクをこっそり調べた。ディスクは周到に隠してあって、探し出すのに難儀した。苦労の末データを引き出すと、のっけからこんなメッセージだった。
『きみの性衝動を数値化・グラフ化してみたよ。機能のほうは健康だから安心したまえ。』
「カレルレン。何遊んでるの?まったく。」
 くすくす笑いながらデータをひとわたり見る。
「…あらほんと、やたら元気ね…カール…。私のときもこのくらいしてもいいのよ…フフフ…」
 何がなんだかワケがわからなかったが、とりあえず安心して終了しようかとおもったところ、ディスクの片隅に『オマケ』というファイルを見つけた。
「…なにかしら。」
 展開させると、写真の書類が200ほど入っていて、ブラウザまでついていた。
「…まったく凝り性ねえ、カレルレン…。きっとこの実験のお相手ね。一応見ておかなくちゃ…。」
 と、飼い犬の交尾を確認するような口調でブラウザを立ち上げると、写真はちゃんとスライドにしてあった。
 見慣れた上司のきれいな裸が「隅々まで」「様々なようすで」並んでいたが、相手のほうはさっぱり写っていなかった。
「…カレルレンたら…相手の子をちゃんといいアングルで入れておかなくちゃ…いくらカールが自己愛タイプだからってこれじゃただの嫌がらせ…。フフフフフ…。」
 しっかり最初から最後まで堪能すると、最後にこんなメッセージが現れた。
『君の部下やはげ達にもそのうち堪能してもらおうと思うが、今後の君の態度次第では考え直してあげてもいいよ。…いい子にして頑張りたまえ。ラメセス0808191。』
「カレルレンたら私に黙ってこんなことを…。まったく…。」
 ディスクをお楽しみ用にコピーしようとしたが、ロックがかかっていて無理だった。残念だったがミァンは諦めて、ディスクを元に戻した。
「下らないことを気にしないようにカールに言わなくちゃ。こんな段階から薬漬けになられちゃ本番まで保たないわ。」
 優雅に呟くと、ミァンは端末の電源を落とした。


せりあさん遅くなって御免なさい...。しかも多分外しててごめんなさい...涙。

02/3/15 3/27 4/2

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