ミュージアム



「美術館が発掘されたらしいぞ、見に行かないか?」
 シグルドがヒュウガのところにやってきて、そう言った。
 ヒュウガは問い返した。
「…美術館?」
「ああ、丸ごと埋まってたみたいだ。いろいろ出て来たらしい。」
 シグルドはそう言って、もう一度、見に行こう、と誘った。
 断る理由もない。ヒュウガはシグルドと連れ立って、バギーでブレイダブリクを出た。
「…発掘なんて、やってたんですね。このご時勢に…」
「このご時勢だから、だろう。」
 シグルドは運転をヒュウガに任せ、シートにもたれてそう言った。
「…そうかもしれません。ギアでも出てくれば、少しは安心できますからね。…まあ、気分的に、ですが。」
「…それもそうだが…死が目前に迫って来たとき、自分の人生を自分で評価してみたくはならないか?」
 ヒュウガは黙ってチラッとシグルドに目をやった。
 …シグルドは遺伝病のキャリアーで、昔からいつも「明日死ぬ場合のこと」を考えている…そのことを、ヒュウガは知っていた。
「…自分の人生の評価と、発掘と、どう関係があるのですか?」
「…自分の心を時をさかのぼって探ってゆく作業は、土を掘り返して過去の遺物を探す発掘に似ている。人間は心の中の出来事を、体の外に再現することを好むものだ。」
「…好む、というか、…外側に向かって表現するという作業は内側をきれいにはしますね。平静にするというか。」
 シグルドはうなづいた。
 美術館はダジルの近くにあった。
 ギアやスレイブジェネレーターの類いが出てこないと、遺跡は発掘を放棄される場合もある。ここはそうした遺跡の一つだった。
 …発掘隊に芸術愛好家タイプがまじっていたのだろう、アヴェに遺跡を引き渡して管理を依頼してきた…そんなことを話しながら、シグルドはキーを解除した。
 建物はすっかり砂に埋まっていた。
 2人が使った入り口は屋上の非常口のようだ。
 ドアをあけるとすぐに暗い地中に向かって白い階段が伸びている。電気をつけてから2人は中に下りた。
 中は砂埃がたまったようすもなく、静かだった。
 2人の足音がコーン、コーン…とゆっくり響く。
 2人は言葉少なに展示フロアを歩いた。美術館は二階建てで、展示品はワンフロアに絵が20点ほどと彫刻が5点ほど…。ちんまりとした美術館だった。
「…絵のことはよくわからんが、なかなか落ち着くだろう?」
 シグルドはそう言った。
「…みな、おっとりした絵で…のほほんとしますね。」
 落ち着いた灰色がちな風景画を見ながらヒュウガが言うと、シグルドは何故か首を振った。
 さらに階段を降り、下の階へ行った。  
 下の階にも絵があった。上の階より大きいものが多い。
 …ぼんやりとした灯りのなか、ヒュウガは立ち止まった。
「…これは…」
 どの絵も同じ画家のものだとすぐにわかった。精密な筆使、見事な色彩の調和、…いやそれよりも明確な特徴。
 描かれているのは、みな目を覆いたくなるような化け物ばかりだった。押しつぶされたような顔、異形の器官、…苦痛と絶望の表情が部分的にはぶれた写真のように二重三重に描かれている。…正確に。精密に。
「…これは…一体、何ですか…シグルド。」
「…わからない。見た通りのものだ…とでも。」 
 中にはそうした異形のものの皮膚に釣り糸のような細いロープと針のようなものがひっかかっていて、ぎゅっと上に引っぱられ、引き攣れているものもある。…見ているだけで痛い。ウェルス…ではない。おそらく想像上の生物だ。
「…上の階の風景画と、サインは同じなんだ。」
 シグルドは言った。
 ヒュウガは…一応、確認した。
「…ここ、落ち着くんですか、シグルド?」
 シグルドは少し笑っただけだった。
 そのフロアの片隅に、画家の肖像画があった。多分自画像なのだろう。
 …普通の人間の絵だった。
 2人は引き返して、上の階の奥から地上に上がり、外に出た。
 外は焼け付くような日射が照りつける、真夏の砂漠だった。ヒュウガは真っ白な日射に目を細めた。
「私達、あとどれだけ時間が残されているのでしょうか。」
 ヒュウガが言うと、シグルドは目を一瞬伏せて言った。
「…さあ。多分、あと少し…かな。」
 ヒュウガも目を閉じた。
「…イヤなご時勢ですね。」
「…時勢はたいして関係ないさ。」
 2人はなんとはなしに寄り添い、バギーに向かってそろって歩きだした。
「…急がなくては。」
 ヒュウガは呟いて、エンジンをかけた。


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