ナルミルの祭日



 フェイが村にきて初めての正月を終えて、さらにひと月ほどたった頃のことだ。
 冬の終りのけだるい体調不良をかかえたまま遅いブランチをとったあと、同居の村長に散歩してくるよう促されて、フェイは外に出た。お手伝いさんがぐるぐるまきつけてくれたマフラーのおかげでそれ程寒いとは感じなかったが、のどかな晴天であるにもかかわらず、けっして温かな日とは言えなかった。
 しばらくぼんやりと足をひきずっていたが、やがて妙に外で作業している女性が多いことに気がついた。しかもあたりは妙に甘い香りが漂っている。よく見ると、女性達はみな黒い果実の砂糖漬けを陽にあてているところのようだ。
「フェイ、今日は。ステキね、新しいマフラー。」
 時々おしゃべり相手になる牛飼いのお姉ちゃんが声をかけてきた。フェイはゆっくり振り向いた。マフラーがほどけたので巻なおしてから、「やあ」と挨拶を返した。
「…今日はみんな漬物を干してるんだね。」
 フェイが言うと、お姉ちゃんは大きなざるにひろげた砂糖漬けを差し出して見せてくれた。
「カフルの実よ。秋にひろって、お砂糖で漬けるの。そして明日の為に少し干して使うのよ。食べてみる?」
 フェイはお言葉に甘えて一つ貰いながら、
「明日って?」
 と尋ねた。
「…明日は聖ナルミルの祭日なの。お世話になった人や好きな人やお友達に、カフルのケーキを贈る日なのよ。」
「へえ、そうだったんだ。」
 口に含んだカフルの実はしっとりと濃い甘味に、微かなほろ苦さが混じっている。
「美味しいや。よく漬かったんじゃない?」
「でしょ ?今年は自信作よ!」
 嬉しそうなお姉ちゃんと別れて、フェイは賑やかなパブのほうへ行った。中に入ると、山のシタン先生の奥さんのユイさんが、村の人からカフルの砂糖漬けをわけてもらっていた。
「ユイさん、今日は!」
 フェイが元気に挨拶すると、ユイはこちらを見てにっこりした。鼻の頭が寒さで真っ赤になっている。美人が台なしだが、優しそうなところはいつもどおりだった。
「フェイ。こんにちは。あらいいわね、マフラー。」
「…山、寒いんじゃない?」
「山は雪が降ってるの。一晩で60センチくらい積もったの。ちょっと危険を感じて三人で降りてきちゃった。一週間くらい村の宿にいるわ。あとでうちのひと、御挨拶っていうか…遊びに行くと思うけど。遊んであげてね。」
「あ、先生も来てるんだ。」
「ええ。…それで明日祭日なんですってね?降りて来てみたら村中カフルだらけでびっくりよ。うちでも作ってみようと思って、分けていただいたの。オーブンは借りられそうなあてがあるし…。出来上がったらフェイも味見してくれる?初めてだからうまくいくかどうかわからないけど。」
「勿論行くよ。」
「ありがとう。じゃあ明日宿屋へ来てね。」
 ユイと別れたフェイはとっとと家に戻った。
 案の定、ドアの前に立つと、中から、村長とシタン先生の笑い声が聞こえてきた。フェイはドアを開けた。
「あ、フェイ、おかえりなさい!」
「先生こんにちは!今ユイさんに会ったよ!」
「雪に追われて逃げてきました。わあ、いいですね、ふかふかマフラー。あったかそうですね。」
 シタン先生はそう言ってフェイのマフラーをふかふか触った。フェイはうきゅーと先生に抱き着いた。
「ねー先生、明日はお世話になった人や好きな人やお友達にケーキをあげる日なんだって。俺センセイにあげなくちゃいけないんじゃない?」
 フェイが尋ねると、シタン先生は笑った。
「女の人がくれる日なんですよ。我々は有り難くいただいておけばいいのです。」
「なーんだ、そうなのか〜。」
「そうなんですよ〜。」
 なんかちょっと物足りないが、いい祭日なのかもしれない。カフルは美味しいし。…と、フェイは思った。
 村長の家で漬けてあったカフルで先生とお茶をした。
 明日のケーキが楽しみだった。


2002/1/14 

2/10発行 WILD HEART 22 3面


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