お風呂に入ろう。


「あなた、お風呂がわきましたー」
 書斎で時計の修理をしていたシタンに、ユイから声がかかった。シタンはフェイと額を突き合わせて機械いじりに熱中していたが、顔をあげた。
「はーい。」
「…ちょっと失敗しちゃったけど大丈夫だから入ってね?」
「え?」
 シタンは問い返したが、返答はなかった。
「なんだろう、失敗したって。」
 フェイは首を傾げた。シタンも首を傾げた。
「なんでしょう。行ってみましょうか。」
 フェイが村人に頼まれて持ち込んだゼンマイ時計はまだ直りそうにない。ほこりがつかないように、機械の上にコップを伏せて、二人は階下に下りた。
「フェイも入るでしょ。」
「うん。」
 二人分のタオルを持って離れになっている浴室へ向かう。
 屋根と簡単な壁でてきている脱衣場の床はすのこだ。裸足で立つと滑らかにかんなのかかった生木の感触が心地よい。高い位置に窓があるが、単純に明かり取りのための窓なので、ガラスははめ殺し。なのに何故かどこかから風が入ってくるあたり、ハンドメイドの御愛嬌。
「先生んち風呂沸かすと村でわかるんだよ、湯気立つから。」
「へー、じゃ今頃噂になってますね。」
「そうだね。先生が歌う歌とかできっと賭してるよ。」
「おおっ?!聞きたいですかー?18番。」
 二人はげらげら笑って服を脱いだ。
 脱衣場の怪しい戸を押すと、急に明るさが増す。まだ浴室の屋根は取り払ってあり、ある意味露天風呂だ。ぷくぷくと泡が出るので有名なシタン家の風呂は見かけこそかなり胡乱だが、漬かり心地はかなりよい。
「あ…。」
「おおっ?!これは…」
 二人はバスタブに駆け寄ってしげしげとのぞきこんだ。
「なるほど、大失敗ですね。」
「石鹸を落としちゃったんだね。」
 風呂はこんもりと柔らかな白い泡をたたえていた。
「…面白い、是非入りましょう。」
「わーい」
 二人は簡単に体を流してから泡の中に入って行った。
「ひゃはは、くすぐったいよこれ、先生。」
「なかなか気持ちいいじゃありませんか。」
 バスタブの底に座ると顎や頬にふわふわと泡が触った。柔らかくていい匂いがした。
「先生あの時計、なおるかなあ?」
「うーーん、とりあえず分解掃除してみます。あさってくらいになってもいいかなあ。」
「うん、大丈夫。いつでもいいって言ってたから。」
 シタンはちらっとフェイを盗み見た。
「…でも明日直るかも。」
「そう?じゃあ明日の午後、見に来るよ。」
「ええ、そうなさい。」
 フェイは泡を手にすくってふーっと飛ばした。ふわふわと泡は飛んで、再び泡の上に落ちた。
 泡泡状態とはいえ、二人のあとにミドリやユイも入るだろう。水を手押しのポンプで汲み上げるのは大変だし、燃料もタダではない。風呂は贅沢品なのだ。…二人は洗い場に出て体を洗った。
「今日はいい天気で気持ちいいねー。」
 再び泡につかりながらフェイが言った。
「そうですね。」
 シタンも洗った泡を流してからバスタブにもどる。
 見上げる空は青空だ。白い雲がゆっくりと流れて行く。のどかな山の午後。
「センセイ今度さ、モーターで水汲み上げる機械つくれば?」
「どうして。」
「だって風呂沸かすの楽になるじゃない。」
「うーーん、水はあっても燃料がなあ。」
「先生んちで風呂入るの好きなんだ。眺めがいいからね。」
 シタンは前髪をいじっていたが、少ししてから、
「…そうですかー。考えてみましょうかねえ。」
と言った。
 すっかり温まって風呂を上がると、フェイはふざけてタオルをひろげてシタンに抱き着き、タオルでシタンを巻いた。「わー動けません、降参−」
 シタンが笑って付き合うと、フェイは得意そうに尋ねた。「先生俺のことスキ?」 
「…どうしてそういう恥ずかしいこときくかなあ。」
「答えないと放さないよー。」
「じゃあ答えない。」
 …先生は、さりげなく一枚上手なのだ。
 遊んでいたら二人揃って風邪をひいた。


 2000HIT THANX.のシタフェイお風呂話です。なんか当初の予定とかなり違うものになりましたですが。すみません。

 それと今絹さんはパソがクラッシュしているらしいので、とりあえずここにあっぷしときますね〜。

 元気に復帰してね、絹さん。  

19ra.

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