サバイバル実習



 

 ソラリスは成層圏に浮かぶ国だ。鎖国しているわけではないが、地上とは対等の外交関係を持っていない。ソラリス人にとっては地上の民は「家畜」なので、しばしば対地上特務外交官やその候補生は「カウボーイ」とからかわれた。
「…カウボーイなら馬に乗りたいです。」
「…そうか。俺はバギーがいい。」
 ユーゲントの2人の学生カーラン・ラムサスとヒュウガ・リクドウは晴天なのに薄暗い森を徒歩で進んでいた。地上演習の最終段階、サバイバル実習だ。自力で食料や移動手段を確保して本国まで帰るという訓練で、好きな武器一丁のみ携帯が許され、地図もなしにどこぞの森などに捨てられる。もちろん地上通貨など一文もなし。かなり過酷な訓練だった。
 本当は同じ班の仲間がもう2人いたのだが、朝目がさめたらヒュウガとカーランは2人きりになっていた。…避けられたらしい。よくある話だ。
「きっと本国に帰ったらこっちが勝手をしたと言われるんでしょうね。なんだかうんざりだなあ。…彼ら、主導権を握れないのが不満だったんでしょ?でもあの人たちに任せておいたらいつまでたっても本国につきませんよ。水汲みひとつ満足にできないんだもんなあ。びっくりしましたよ。」
「厄介者がいなくなってせいせいしたさ。…部下に逃げられた班長は俺だ。卒業できなかったら笑ってくれ。」
 物知りなヒュウガのすすめで怪しげな果物や動物を食べて腹を繋ぐうち、2日ばかりで森は終わり、無事小さな集落に出た。ヒュウガもカーランも携帯した武器は剣だったので、弾丸切れという事態がなかったのも幸いした。
 民家6戸ほどの集落の一番大きな家の戸を叩くと、精悍な顔つきの老人が出て来た。ヒュウガがへらっと笑って言った。
「やあ!どうもコンニチは〜。実は我々宇宙人なんですよ。地球にやってきた記念に服を取り替えてくれませんか?こっちはあったかいし、軽いし丈夫な服ですよ! 損はありません!」
 呆れて見ているカーランの前でヒュウガはとっとと商談を成立させ、まさか宇宙人説を信じたわけではなかろうが、洒落と分かって笑う老人から、夕食の招待をとりつけた。少したつと、周囲の家から若い「荒くれ者」ふうの男たちが集まって来て、夕食を作りはじめた。口数は少ない。  
 食事は想像よりも遥かにいいものだった。材料は今まで食べていたゲテモノの類いだが、きちんと料理すればたいそうウマイのだ、ということがわかった。量も十分あって、若い2人の胃袋を満足させてくれた。
「お前さんら、随分りっぱな剣をさげとるな。使えるのか?」
 食事のあと老人が尋ねた。2人が肯くと、老人は言った。
「そうかい。それなら一仕事付き合うか?…けっこう金になるが。もし嫌なら無理にとは言わん。綺麗で正しい仕事じゃないからな。」
 2人は薄々察したが、一瞬目配せしあって、すぐに肯いた。…どうしたって金が要る。
 すると老人は、夜更けまで一眠りして待つようにと指示した。2人は従った。
 夜更けに老人は若者たちを連れてバギーに乗り、東のほうへ行った。しばらく走るときつくカーブしたレールの近くに出た。そこで列車を待ち伏せし、減速してやってきた貨物車両の後方に次々とびのった。幸いその列車には荷物番の類はまったく乗っていなかった。空き巣の要領で荷物を失敬し、レール沿いにどんどん放り投げる。10分ほどで、また急なカーブにさしかかり、乗り込んでいたメンバーは列車を飛び下り、先回りして待っていたバギーに戻った。全員を収容したバギーは再びレール沿いに引き返し、収穫を拾って、アジトの村に戻った。
 村につくと老人は若者たちに「給料」を支払った。そして2人にもこう言って金を渡してくれた。
「初めてにしちゃ上出来だった。まあ、今日の分け前はだいたいこんなもんだ。とっときな。」
 2人は礼を言って金を受け取った。
「礼はいい。その代わり…困ったもんを繋いであってな。よかったら明日の朝出て行くとき持ってってくれんか。」
 2人がそう言われて連れて行かれたところには、行方をくらましていた班員が2人痣だらけになって繋がれていた。
「一昨日かな。押し入ってくるなり金と食い物出せと来てよ。うちの若えのがカッとなってシバイちまった。同じ制服だ、出所は一緒だろ?ウチに飼っといても邪魔なだけだからよ、なにしろ水汲み一つできねえし食うには筋が硬そうだしな。それに若いのが蹴ったりして落着かねえ。…頼むぜ。」
 思わず口をあけるヒュウガを制してカーランは言った。
「わかった。これを2体処分しよう。運搬を手伝ってくれ。」
 こうしてカーランの班は見事運転手つきのバギーを手に入れ、翌日町の近くまで一足飛びにたどりつくことが出来た。
 カーランは戻った班員をことさら指導しなかった。…本当は礼を言いたいくらいの気分だった。嫌がらせにしかならないのでやめておいたが。
 バギーから見上げた青空が晴れ晴れと爽やかだったことを成人してからも時々思い出す。そして自分はいつになったら大人になれるのか、ヒュウガに尋ねてみたくなる。 


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19ra.

2002/4/19

2002/05/10アップ