「…断り切れなかったんだ」
シグルドがそう言い、金色のモール片手に苦笑した。
「ま…ラケル先輩には普段お世話になってますからねえ」
小さな星を手にしたヒュウガが頷き、からまった電飾を黙々とほどいているカーランに目をやった。不機嫌そうに苛々と動く手元は、ややもすると彼の忍耐の限界を超えてしまいそうだ。早く替わった方がいいかもしれない。
金色のモールを木の枝に巻きつけたシグルドは、白い息を吐きながら物珍しそうにその出来映えを眺める。
「俺はこういうの初めてだな。聖誕祭だっけ?」
「ええ、要は盛大な誕生会ですよ」
「ふうん」
「…カール、替わりましょう、こっちの飾り付けお願いします」
「ああ…」
「ツリーの飾り付け、お願いね?」
ジェサイアなんかに頼んだら、聖誕祭終わっちゃうから。
シグルドがそう言われたのは、今週のはじめだった。
寒さも一段と厳しくなってきたこの頃、街は昼も夜もきらきらしいイルミネーションに彩られ、人々の話題もなんとなく浮き足立ったものになってきた。
聖誕祭、という祭があるのだと彼が知ったのは、ラケルに言われたのがきっかけだった。
「今じゃあツリーを飾って、ごちそうを食べるのが目的みたいなお祭だからね、そんなに気負うコトないわ」
「…はあ」
「そろそろ仕度始めたいんだけど、リーがいるでしょ。一人じゃ手が足りないのよ」
「そりゃ構いませんけど」
「じゃあ、週末でいいからツリーの飾り付けお願いね。あと二人も駆り出して来てちょうだい」
…そんなわけで。
聖誕祭も近い週末の午後、彼らは一斉に駆り出されてジェサイア家のツリーの飾り付けに来ていた。
当のラケルは家の中でリースを編んでいる。
大きなツリーは家の外にあり、普段は庭の木の一本に過ぎない。
脚立と、飾りが入った大きな段ボールとを傍らに、コートを着込んだ少年達は、ああでもないこうでもないと言いながら、自分達の倍は高さのある木を飾り付けていた。
「カール、そっちのボール…違う、その赤いヤツだ…それくれ」
「おい、このモール落ちてくるぞ?」
「ちゃんと留めないと…ああ、カールは手離しちゃダメです、危ないから」
肌を刺す冷たい空気もあまり気にならない。
手の中におさまるほどの色とりどりの飾りを、次々に深緑の枝に結んでいく。
その単純な繰り返し作業で、庭の一本に過ぎなかった木が、聖誕祭を祝うツリーへと変貌を遂げていく。
…それはなんだか、ある種の達成感を伴う作業だった。
夕暮れも近くなった頃、リースを編み終わったらしいラケルが玄関ドアにその成果を飾って、外に出てきた。
「あらキレイ。みんなご苦労様ね。もう終わるのかしら?」
「この電飾飾れば終わります」
ヒュウガの返事に、機嫌良くラケルは頷く。
「ありがと。ちょっと早いけどプティング焼いたから、食べて帰りなさいね」
「はーい」
揃ってユニゾンで返事をしてから、少年達はどっと大笑いした。
温かいプティングを切り分けてもらって食べていると、ジェサイアが帰ってきた。週末だというのに仕事だったらしく、ゲブラーの制服に身を包んでいる。
「なんだおまえら、雁首そろえて」
「お邪魔してます」
ヒュウガが返事をし、他の二人は軽く会釈だけで済ませた。揃っていると大抵これで用が済む。
「ツリーの飾り付けお願いしたのよ、ジェスに頼んだら年が明けちゃうから」
「違ぇねえ」
妻の嫌味も軽く笑い飛ばし、ジェサイアは制服の襟を寛げながら歩いて行ってしまった。
「あれ」
「どうかしたか、カール?」
「なんか…固いものが」
指の間にはさまれて出てきたのは、青い線で天使の絵が描かれた、小さな陶器の人形だった。
「あ、それフォーチュンですよ。ラッキーでしたね」
一目見るなりそう言ったヒュウガに、他の二人が目を向ける。
「フォーチュン?」
「こういうプティングとか、クッキーの生地に混ぜて焼くんですよ。当たった人は幸運になるっていうんで、フォーチュンって言うんです。…カール、こういうのやらないお家だったんですか?」
「……あ…ああ」
「うちなんか兄弟男ばっかりなのにこんなコトやるから、毎回取り合いで大騒ぎでしたよ」
「…幸運、ねえ」
「へーえ。良かったじゃないか、カール」
「いいことありますよ、きっと」
笑顔でヒュウガはコーヒーを啜り、カーランはフォーチュンを手に乗せたまま黙っていた。*** 「…あの後、帰り際にラケル先輩が電飾点けてくれて」
「そうそう、いろんな色の光がいっぺんに…あんなキレイなもんがあるんだって思ったな…」
「…またやればいいだろう」
滑り込むようなカーランの言葉に、ヒュウガはぽんと手を打ち合わせる。
「ああ、そうですよね。せっかく10年ぶりに皆揃ったんだし」
「名案だな、カール。子供達も喜ぶだろう」
シグルドも賛成し、じゃあ何処でやろうかと話し始める。
「…」
カーランはそれには口を出さず、ポケットの中を探った。
手袋越しに小さな固い感触。
もう青い天使の絵柄はすっかり剥げてしまったけれど、それは確かに『幸運』を運んでくれた天使だった。
…再会という名の幸運を。
《了》若月ゆう樹様より 小部屋の999/1111キリリクで頂きましたv 心より御礼申し上げますvvv 2000年11月