宴会



 眠ってしまうには夜は楽しすぎる…ぬけぬけそう言ったのは先輩のジェサイアだ。そんなふうに思った事など生まれてこの方一度もなかったので、驚いた。
 実のところそのおめでたくもハッピーな言様に、かなり腹が立った。
 そうかな?とヒュウガに尋ねると、んー、と考えて彼は少し笑い、夜更かししてるとたまに御菓子にありつけたりはしましたねえ、と応えた。大家族なんてね、誰か彼か起きてるものですよ、一日のうちのどんな時間帯でもね、と彼は言った。あのころは、どんな悪夢に目覚めても、必ず人の気配がしていたから、あまり本気で怯えたことはなかったです…と、彼は笑った。
 しかし明らかにもう一人のルームメイトは違った。
 眠りそのものが苦痛だったシグルドは夜が嫌いで…起きているのは決して楽しいからなどではなく、眠る事が苦痛だったからに過ぎない。そういう夜の時間が彼にとって楽しいはずなどなかった。むしろまるで世界から取り残されたかのように一人であることをひしひしと感じる、重い時間のはずだった。
 彼はやはり、ジェサイアの台詞に一瞬呆然とした。彼は温厚で物静かな男だったが、一端火がつくと手がつけられないといったような面も持っていた。
 どういう反応になるだろう…そう思って黙って見守った。
 すると、彼は少しのちに、妙に嬉しそうに笑った。
 彼はそれを、先輩の気のきいたジョークであるかのようにあしらったのだ。
 何か拍子抜けした。
 むろん悪気があって言ったのでなし、ジェサイアがどうのと言う気はないのだが、幾分痛みのわかってくれそうな奴が、やけに大人げある反応をみせたので、なんとなく寂しい気分になった。
 シグルドがエエカッコしてくれたおかげで、ジェサイアは実に楽しそうに酒瓶を並べ始めた。…それでもなお、シグルドは笑っている。酒なんか一滴も飲めないくせに。
 二人のルームメイトが、この陽気な先輩を本当に好きなのかそれとも嫌いなのか、実際のところはよくわからなかった。二人とも愛想がいいし、…それよりなにより、我慢することにとても慣れている。
 自分にはなかなかしにくいことがごく当たり前にできる二人を見ていると、嘘をついているのではないか、と感じられてならないときもある。信じられない…というか、理解できない。
「何むつかしい顔してるんだ?カール。」
 すでにかなり酔っぱらった顔でやって来たシグルドに頭をゲンコでぐりぐりやられた。
「…別に。」
「別に、か。」
 よれよれっとシグルドが抱き着いてくる。
「…なー、カール、正しいアリとキリギリス知ってるか?」
「…なんだ?」
「あのなー、アリはせっせと働いて−、夏の間に越冬の食べ物を確保したのさー。でもキリギリスはねー、そんな働きアリをバカにして歌ってばかりいたから、冬にお腹がすいてねー…それで、アリのところに行ったんだよ。キリギリスを遊び人だってバカにしてたアリのところにねー。」
「ああ、そうしたら、死ぬまで歌ってろバーカ、働かざるもの食うべからず、って言われるんだろ?」
「違う、それは正しくないんだ。」
 シグルドは顔の前に人さし指を立てて、首を左右に振った。
「アリはねー、一生懸命働いて、やっと冬のんびりしたものの、暇で暇でねー、イライラして仲間同士ケンカしたり、ウツにハマったりしてたのさー。そこへキリギリスが来たから大喜びでウチに入れてー、ご馳走をいっぱいやって、歌を歌って貰ったんだよ。そうしたらとても楽しくなって、皆仲良しに戻ったんだ!キリギリスもとても感謝してねー、アリのことをうんと尊敬して、お互いとてもいい友達になったんだ!どうだい?こっちのほうがずっと正しい、いい話だと思わないか?」
 シグルドはそう嬉しそうに言ったきり、酔いつぶれた。ずるずるっと人の膝に倒れこんだかと思うと、そのままぐうぐう眠った。
 友人を膝にのせたまま、その話の意味をぼんやり考えた。しかしあまりよくわからなかった。多分「適材適所」とかそういうお説教をしたかったのではない、とは思ったが…それ以上はわからなかった。
 先輩が酔っぱらって「何か芸をしろ!」というので、眠りこんだままのシグルドの前髪を左右に分けて頭の横で摘まみ、「わんわん物語」と言ったら、凄くウケていた。…バカかこいつ、と思ったが、…何故か少し、嬉しかった。


WILD HEART 16 /3面

19ra.

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おそろしい続き。