ヒュウガは耳を疑った。
「…は?」
「ニ度は申さぬ。」
思わず、玉座の隣に立っていたカレルレンに目を向けると、カレルレンは真面目な顔でうなづいた。
「…すぐに準備したまえ。わたしも必要な部分は手伝おう、なにかあるなら遠慮なくいいたまえ。…なに、シェバトを陥とすよりは遥かに簡単なことだ。気楽にやりたまえ。」
「うむ、よく手伝ってやってくれ。カレルレン。」
謁見は終わり、とばかりに玉座は高みへ上昇していった。
呆然とそれを見送るヒュウガのもとに、なにかが飛んでくる。慌てて受け取ると、投げたカレルレンはニヤリとした。
…それは美しい幾何学模様に塗りわけられた、人の頭ほどの大きさのボールだった。ヒュウガの記憶が正しければ、それは「サッカーボール」というものだった。+++ その頃ヒュウガはシェバトの件が一段落ついて、少し気がぬけていた。
シェバト以後また天帝の側近をだらだらとつとめていたが、これといって何事もなく…熱烈に激愛中の遠距離恋愛の相手も忙しいらしくてなかなか会ってもらえず…ゆで過ぎの野菜のようなしゃきっとしない日々を送っていた。
そんなときに、寝耳に水の「祭」話だった。
「あーあ。こんなときに先輩がいてくれたらなあ…」
その大変に古い大昔の祭の記録を検索したあと、ヒュウガはコンソールにつっぷしてしまった。
これはもう、あきらかにジェサイア向きのイベントだった。
記録では、人口2千人ほどの町を川の北と南のチームに二分し、町中をグラウンドにしてゲームを行ったらしい。ゴールとゴールの間は徒歩で1時間ほどの距離、試合時間は午後3時から夜9時までの6時間。参加人数はメインのメンバーは20人前後だが、結果として飛び入り・観客も含めた4千人前後に膨れ上がる。ルールはとくにない。ただし、卑劣な真似をすると語り継がれ、笑い者にされたという。
「まったく…陛下は一体何をお考えなんだ…?こんな…もっともソラリス向きでないイベントをやろうだなんて…だいたい町の構造上、無理だこんなの…。ああ、じゃあでも、地上で適当な場所さがしてやればいいか…でもいやまてよ、これって日常空間が非日常的な無秩序に塗り変わるのが楽しいのかもしれない…だとするとどうしてもソラリスでやらないと…じゃ3層でシュミレーションかなんかして…可能なら2層あたりで…ああまず3層と2層の統括官に相談…ぐうう。いや、スタッフ集めが先だ。一人でやったら死んでしまう。」
ヒュウガは起き上がって頭を振った。+++ しかし案じて一夜明かしたヒュウガは、朝を迎えるなり精力的に活動しはじめた。戦争などよりむしろヒュウガはこういう「お楽しみ」のための仕事のほうが好きだったし、大きな祭なのだからやりがいもあった。
町の統括官に話をおろすと、案の定、昨日自分が受けた衝撃を逆にぶつけられた。
しかしそこにカレルレンがやってきた。「天帝陛下の下命状」を次々押し付け、おかげで話はとっとと済んだ。
これで会場の件はヒュウガでなく統括官がなやんでくれるだろう。助かった。
次はメインメンバーと主将の件だなと思ったところ、カレルレンが言った。
「若い子からオヤジどもまでまんべんなく入れたい。オヤジ・アニキ共は私が命令をだすので、君はユーゲントへ行って7〜8人引き抜いてきたまえ。…第2市民や第3市民の生きのいいやつを中心にたのむ。」
「…閣下、ひょっとしてけっこう乗り気ですか…?」
ヒュウガの問は無視されたが、カレルレンは明らかに乗り気だった。後ろ姿が活き活きしている。
(科学者なのに、実は体育会系だったのか…彼は…。あとで陛下にきいてみよう。)
カレルレンがくるっと振り返った。ヒュウガはどきっとした。
「そうだリクドウ君。チーム分けの基準だが、右京区と左京区でいいだろう?」
「あ、はい、そうですね。」
「…ユーゲントへ行ったらついでにコキ使うのに便利そうな野心家の少女グループを2つ3つスカウトしてきてくれたまえ。うたれづよい子がいい。…男ばかりだと殺伐としてしまう。」
「わかりました。」
…どうやら手伝うというよりしきってくれそうなので、ヒュウガはひそかに「ラッキー」とつぶやいた。+++ 「ああ、それならエレメンツがいいんじゃないか?」
「エレメンツ?今でもあるんですか、そういうの。」
「ある。」
ヒュウガがユーゲントへ出向くと、ユーゲントの同期で今は教官になっている男がメンバーを適当に選んでくれた。
「…でもどうかな。『大帝』が面倒見てる子たちだから、どなりこまれるかもしれない。あいつ怒らせるとがっぷり噛みついて来て離れないからな、厄介で…。でも、おまえあいつの友達じゃなかった?」
「…ひょっとしてカールのことですか?」
「カール?ああ、そうそう、カーラン・ラムサス。一声かけて貸してもらうといい。友達にはイヤな顔せんだろう、多分。とにかくその女の子たちは有能な子たちだから。ものすごくイキのいいアマゾネスが一人まざってるから、案外自分が戦うとか言い出すかもしれないぞ。ははは。」
「そんなに元気な子がいるんですか。」
「ああいるんだ。大帝の女版みたいなのが。あの子はすごい。本気だされたら教官でも勝てるかどうか…」
昔は友人でもなんでもなかったがヒュウガが出世したとたんにいつのまにか友人になっていた同期の男から名簿をうけとったあと、ヒュウガは学生に呼び出しをかけて面接をした。気難しく忙しいはずの優秀児たちはなぜかみなヒュウガの予想より遥かに快く役割を引き受けてくれた。+++ 思っているよりも、ソラリス人は倦怠しているのだ…と、だんだんヒュウガは悟りはじめた。
娯楽に飽きて退屈しているという意味ではなく…なにか根源的なものが涸れかかって…生き物として故障しかかっているのだ。
「それは野性ですか、リクドウ閣下?」
ヒュウガの独り言に、ユーゲントから手伝いに来てくれている若い仕官候補生が尋ねた。ヒュウガは彼に顔を向けて曖昧に微笑んだ。
「日程の件の連絡が3層の統括官から入るかもしれませんので、受けておいてください。私は特務のほうへ行って来ます。」
「…特務…と、何の打ち合わせですか?」
少年は不審そうに尋ねた。
「…友人が帰って来ているので、彼の部下を借りにいくんですよ。ぐずぐずしてるとまた地上におりちゃいますからね。」
「そうですか。…大変なお友達をお持ちなんですね。」
「大変て?」
「…地上管轄官て…物凄く荒っぽい仕事なんでしょう?獰猛なラムズ同士の戦争に介入したりするわけだから…」
「あはは。…じゃ行って来ます。」
「行ってらっしゃい。お気をつけて。」
涸れかかっているものが彼の言うように野性であるなら、…カーラン・ラムサスはかなり健康になった、ということになる。
地上に派遣されるようになってあきらかに彼は骨太になった。…胃のほうは、相変わらずらしいが。
『大帝』は、光のさす明るいティールームで、優雅に午後のお茶を楽しんでいた。…楽しんでいた、と言っても、眉間には物凄い縦皺がくっきり入っている。隣にはインディゴの髪を耳の下で切りそろえた美しい女の副官が並んで座っていた。
彼女につつかれて、カーランは顔をあげた。
「…ああ、来たか。久しぶりだな、ヒュウガ。」
「カール、御無沙汰でした。…ミァンも。」
「お元気そうで何よりだわ、ヒュウガ。」
「お二方も。」
ヒュウガが席につく間に、ミァンはヒュウガのお茶を頼んでくれた。カーランはカップを皿に置くと、ヒュウガに言った。
「…突然帰還命令が出てな。」
「あれっ。そうなんですか。」
「うむ。…だがまだどこからも何も言って来ない。急用みたいな呼び出し方だったのに。…まあ、地上も、今俺の管区は暇だから別にかまわんが。」
「…おつかれさまです。イベントを手伝ってくれているユーゲントの子が言ってましたよ。獰猛なラムズ同士の戦争に介入したりする地上管轄官て物凄く荒っぽい仕事なんでしょうって。」
「…どんな獰猛なラムズだって腹黒いソラリス人よりは可愛いものだ。」
「あはは。」
「…地上もいいぞ。俺には合ってるのかもしれん。ある程度好き勝手できるしな。」
カーランがそう言うと、ミァンが足を軽く蹴飛ばしたようだった。カーランは咳払いして言った。
「…で?お前は何の用だ?」
「ああ、実は、陛下から下命がありまして…フットボールのお祭りをすることになっちゃったんですよ。」
カーランの眉がぴくりと跳ねた。
「フットボール?」
そして物凄く難しい顔になった。
ヒュウガはかいつまんで、町角フットボール大会の話を伝えた。
「…その実行委員をおおせつかってしまいまして。」
するとカーランは興味なさそうに横…ミァンのいないほう…を向いて、それから言った。
「ふうん。それで?」
「若い女の子で運営ボランティアをしてくれる有能な子を探していたら、あなたが育てている4人組はうってつけだ、と推薦をうけましてね。ちょっと貸していただけないかなー、なんて。彼女たちにとってもイベント運営はいい経験になると思うんですけど…。」
ヒュウガが遠慮がちに言うと、カーランは黙ってまたカップに手を伸ばした。
…どうも忙しいから貸したくない、という風情…だった。が、それにしては間が長い。カーラン・ラムサスは、あまりこうした奇妙な間をとらない男だ。ぱっぱっと、てきぱきと、そしてばっさりと判断する男である。…おかしい。
ヒュウガも運ばれて来た茶を飲んで、しばらく待った。
するとカーランはまたミァンから微妙に顔をそむけ、目線も窓の方にやったまま、言った。
「ま…いいか。だが本業がはいったときはこっちを優先させてもらうぞ。」
ミァンはちらっとカーランを横目でみた。その視線は「まあ…カール、駄目よ。」と言っているように見えた。カーランは知らん顔で窓の外を見ている。
「そうですか。助かります。有難うございます。」
ヒュウガは慌てて言った。ミァンは無言だった。
カーランがヒュウガに目線を移して言った。
「…チーム分けとか、日程とか、どうなってるんだ?」
「…チームは右京区と左京区で分けるんですよ。日程はまだ…。統括官の人たちがそろそろ案を持ってくるはずなんですけど…。」
「ふーん。」
カーランはさらに興味なさそうに尋ねた。
「選抜メンバーはもう決まってるのか?どうやって決めるんだ?」
「ああ、だいたいメインのメンバーは40人くらいデータで選んで本人に一応当たりつけて…でも当日は乱戦形式ですからメンバーなんてあってないようなものなんですよ。誰でもつっこんでしまえばメンバーというか…。スポーツではなくてお祭りですから。」
「ふーん。ゴールはどのへんにどんなの作るんだ?つくるんだろ?」
「えーと、そうですね。実行委員が全員そろって、統括官から地図が出たらさっそく決めないと…」
「…当日、無重力状態にしたらどうかな。」
「…は?」
「…無重力状態にしてぷかぷか浮かんでやったら面白くないか?」
「…」
…そこに至ってやっとヒュウガは気がついた。
(この人…乗り気だ。)
するとミァンが言った。
「もう、カールったら。遊んでいる場合ではないわ。」
「…」
カーランはそう言われて、また「興味なさそうな態度」を作った。
(…なるほど。)
カーランはミァンとは決して目を合わせないようにして言った。
「…中継やったほうが盛り上がると思うぞ。」
「中継か。そうですね。」
「TV局に一人そういう古代スポーツに詳しいやつがいてな。ジェサイアの元の友達なんだ。」
「えっ、そうなんですか。」
「あとで紹介状まわすか?」
「あ、はい、是非。」
「…多分けが人とかも絶対に出るな…どうするか…」
「そうですよねえ。医療保険の特例作ったほうがいいかな。」
「自己責任と相互扶助の徹底が必要だ。政府広告としてくり返し放送したほうがいいな。…TVに早く声かけたほうがいいぞ。」
「そうですね。」
ミァンが迷惑そうにヒュウガを見たとき、カーランの腕のあたりで呼び出し音が鳴った。
「…おっと、コールだ。すまんな、ヒュウガ。話の途中で。」
「あ、いいえ、助かりました。じゃ、エレメンツのお嬢さんたち、お借りします。」
「ああ、俺からも言っておこう。…あとで、また連絡するから。じゃあ。」
連絡するって何をだろう、とヒュウガは思ったが、尋ねる前にカーラン・ラムサスはそそくさと出ていった。ミァンも一緒に出ていったが、戸口でちろっと振り返って、ヒュウガをにらんだ。+++ ヒュウガが一旦自分の執務室に戻って男子学生と進行表を作っていると、電話がかかってきた。ヒュウガが自分で出ると、カーランだった。
「あら、早かったですね、カール。」
「これからそっちに行く。」
ヒュウガはびっくりした。
「ええ?!どうしたのですか?コールはどうなったのですか?」
尋ねたときには電話は切れていた。
それから間もなく、カーランはヒュウガの部屋にやって来た。
「来たぞ!」
「いらっしゃい。」
その妙な調子の声に顔をあげて、ヒュウガはますますびっくりした。
…にこにこ、していた。
「…カール、何かいいことでも…」
「いや、なにも! 何をつくってるんだ?ああ、スケジュールか。じゃあ俺がTV局のほうをやってやろう。」
「か…カール?」
「もしもし。」
…もう電話している。
少しするとどーっと用事が押し寄せて来はじめた。カーランがテキパキ手伝ってくれたので、結局かなり助けられる形になった。首を傾げていると、しばらくしてから仏頂面のミァンがやって来て、作業に合流した。あとで聞いて知ったのだが、2人をソラリスに呼び戻したのはカレルレンで、勿論祭の準備のためだった。+++ 「3層と2層のゲームを分離するのはナンセンスだ!」
…そもそもカーラン・ラムサスは目的にむかって突き進む能力に関して、他の追随を許さない。なんてったって、2層出身でゲブラ−の総司令にまでなった男である。
軍人肌の人物がこう言い出すとき、たいていは泥臭い思想やこだわりを理由として持ち出すものだが、しかしカーランはこう言った。
「3層のゲーム結果をなんらかの形で2層のゲームに反映させれば、2層が3層のゲームに関心をもつ。そうなったほうが、結果として3層の試合だけでなく、2層の試合も盛り上がるはずだ!」
…盛り上がる。こんな台詞が大真面目に『大帝』の口からでてこようとは。さすがに予想していた人間は少数だった。
「…盛り上がった方が経済波及効果が見込めます。」
そっと言い添えたところを見ると、ミァンだけは予測していたらしい。
会議は「それもそうだ」という方向にどよめいた。
期日も決まり、こうしてルールやゲームの全体像もだんだん定まっていった。
ヒュウガの回りには学生が増えた。ヒュウガが一人ずつケアするのを面倒がっていたら、勝手に代表を決めて、ヒュウガとの話はその子が一括しておこなってくれるようになった。さすがユーゲントの学生、誰一人ただ者ではない。
カーランの部下はどうもカレルレンがこき使っているらしく、ヒュウガのところには顔を出さなかった。だがカーラン自身は何故かヒュウガの執務室に居座っていた。そしてよく学生をつかまえて、話こんでいた。祭のことだけではない。ユーゲントのうわさ話や、女性タレントの話や、流行りの音楽のこと…。よく見ていると、カーラン自身は短く話題をふったあとはあいづちを打っているだけで、上手く学生たちに喋らせている。
(おしゃべり上手くなったなあ、この人。)
学生たちがいなくなってから、ヒュウガはカーランをつついて尋ねた。
「なんかワカモノたちと仲良くなってません?青田刈りですか?」
「そんなことを人の部屋でやるほど無神経じゃないぞ。」
「じゃ、ただ仲いいだけ?」
「別に仲よくなんかない。なんか話をしていたいだけだ。少し気持ちがそわそわするんだ。」
「そわそわ、ですか?」
「…するだろう、デートの日の朝とか。」
「…ああ…なるほど。」
…その日、公式サイトがオープンした。+++ 「はっ。では、サイトの管理には自分があたりますっ!」
「うむ。たのんだぞ。…ところでほかの3人はどうしている?」
カーランのところにエレメンツの女の子が一人だけやってきた。体に機械を組み込んでいる子らしく、顔にネジを装飾していた。ヒュウガ好みのオシャレ感覚だ。髪は長くして、ツーテールに結っている。…彼女は公式サイトの運営を制作者から引き継ぐらしい。製作のほうはTV局のボランティアがやってくれている。
「ドミニアは3層の市街地をチェックして問題点を洗っています。」
「…またハードな仕事をおしつけられたな。」
「いえ、本人けっこう楽しんでおります。…ときどき、殴り合いも楽しんでおります。」
ヒュウガはそれをきいてびっくりした。
「3層の見回りを女子に?!危険ですよ、制服きてるんですか?」
「…いや、そこまで大事はない。あれはなまじの男よりパワー系だ。階級リミッタ−を解除したら、多分俺とも多少は勝負になるぞ。…制服も着せてあるし、危険ということはないだろう。…いやな思いはどうしてもするだろうが、それも経験のうちといってしまえばそれまでだ。」
「すごい子使ってますねえ。」
「ああ。カレルレンが被検体に欲しがってるくらいだ。…誰がわたすか。さんざん苦労してやっとユーゲントに入れたのに。実験されてたまるか。…トロネ、あと2人は?」
「ケルビナはミァン閣下のところで秘書状態になっております。」
「…御苦労。…リーダーはどうした?」
「伝令として各地かけまわっております。」
「伝令なぞそのへんのに適当にやらせておけばいいものを…。」
「ですが本人はかなり嬉しそうにやっております。…最近は人に会うのが好きですから、奴は。」
「…そうか。いや、好きでやっているならとやかく言うまい。…トロネ君、何か困ったことがあったらいつでも私に言いたまえ。…カレルレンに言うなよ。足下みられるからな。」
「はっ、そのさいはお世話になりますっ。よろしくお願いいたしますっ!」
「うむ。御苦労。さがっていい。」
「しつれいしますっ。」
トロネが出て行ったところでヒュウガが言った。
「…リーダーが伝令とは…かわってますね。」
「…まあ、たまにはいいだろう。あいつも対人恐怖症がなおったから、少し積極的になったんだな。いい機会だ。」
「…対人恐怖症ですか。」
「…ソイレント出だから仕方がない。」
そのひやりとする響きの言葉を聞いて、ヒュウガは少しの間沈黙した。
(この人は…表面上は少し変わって…いかにもオトナの風情になっているが…心の底の黒っぽいものは消えていないんだ。)
なぜかそのことに、少しほっとした。…なげかわしいこと、かもしれないのに。
ヒュウガは口調を変えて言った。
「…あの子、可愛いですね。」
「トロネはお前好みか。…分解しないでくれよ。」
「駄目ですか。」
「駄目。」+++ 「賭博は政府直轄で正式に行う。…野放しにするよりそのほうがいいだろう。まあ適当にやらせておいてもいいんだが、取り締まるより運営するほうが同じ手間でも不毛さ加減がちがうから。…というわけでガゼルの法院に領域を確保した。じじいどもの監視下だ。違反が出たら死刑ものだぞ。委員会の諸君も気をひきしめてあたってくれたまえ。」
「当日、商店の休業は認めないという方向で行います。邪魔になりそうな看板や玄関マットなんかは中にいれるように通達を…それから硝子が心配な店舗は強化シートを貼るように…。店員が全て祭りに参加してしまう場合の試合中に限り休業を認めます。」
「メインメンバーが練習したがっているので小学校と中学校の体育館を…」
「健康保険適用です。」
「ユニフォームは特に定めない。私服に、チームがわかるよう、右京区は青、左京区は白のハチマキを…」
「お弁当がとどきました!」
「3層のと2層の得点数を合計して最終的な勝敗を決めるというかたちで、結局よろしいですかね?」
「最終勝利チームには祝杯用の酒20樽支給か。もしひきわけだったらどうするんだ?」
「ボールのことなんですが…」
「やはり、ルールはとくにないとはいえ、通常の法律は試合中でも適用になるということを周知徹底しておかないと、何がおこるか…。人を踏み殺してでもボールを追求、というのはちょっと…」
「4時から主将会議です。通達項目を3:30までにまとめて打ち出してください。」
「6時から実行委員会を行います。」
「リクドウ閣下、陛下から進行具合の報告に来るようにとのお召しでございます。」
「あー、はい!7時にゆきます!」
「カール、今日御飯でも食べない?会いたいわ…。」
「貴様無礼者!すれちがいざま人の乳握ってやりにげかーーーっ!!!」
…3層にドミニアの回し蹴りが炸裂する。+++ 報告帰りにさりげなく言われた。
「…卿、忙しくても身だしなみはきちんと整えるように。…自分でできないならメイドをつけようか?」
ヒュウガはそう言われてあわてて辞退し、帰り、久しぶりに鏡を見た。
…あの口煩い旧友が毎日顔をあわせながら、いままでよく何も言わなかったというほどの汚い顔になっていた。
「わはは〜、無精髭〜! 制服に合わないっ!」
面白がって鏡を見ながら顎をざりざりなでた。+++ 「…ああ、毎日見てたんで…少しずつ変わるから、あんまり気にしてなかった。…そうだな、言われてみれば、だいぶむさくるしかったな。」
「…陛下にメイドつけるっておどされちゃいましたよ〜。」
「今日はまた思いきりきちんとして来たな。」
「きれいにしたでショ。髪の先とか眉とかも切りそろえてみました。ほら、新しいリボンv」
ヒュウガは3歩ほど歩いて、くるりと一回まわってみせた。守護天使の白い制服の裾は美しいフォルムでふわりと広がった。カーランはうなづいて言った。
「…だが、…メイド、つけてもらえばいいのに。」
「なんで?…めんどくさいですよ。」
「めんどくさいとか言うし。まったくお前は相変わらず血も涙もないな。」
「えーっ、どうしてですか。どういう意味ですか〜。…自分だけカノジョにあってるくせに、人のコトそういうふうに言うかなーっ!」
「…いや、それはともかく、その顔見たら、トロネのお前に対する人物評価がかわるかもしれんな。…まあ俺は昔のお前を知ってるから今更どう変わっても驚かんが。」
「…そんなトロネさんにあったくらいの頃からすでに汚かった?私…。」
…実のことろ、その後ネジのついた可愛い顔に会う機会は長いことなく…、再会した場や服装のせいもあったのかもしれないが、トロネはヒュウガが昔会ったことのある人物だと気付かなかった。++++ 後編へ。